第2回|AIが時間をくれた、その時間、なぜか体には届かなかった件。

アイキャッチ:AIが時間をくれた、その時間、なぜか体には届かなかった件

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


ChatGPTは僕より仕事ができる、けれどまだHbA1cは持っていない。

アイキャッチ:AIが時間をくれた、その時間、なぜか体には届かなかった件

夜中の11時、コンビニのおにぎり棚の前ではなく、今度はクリニックの院長室で、僕は手元のディスプレイを見ている。

ChatGPT のタブ、Claude のタブ、Gemini のタブ。3つの生成AIが横並びで起動していて、クリニックの締め作業 ── その日の支出計算と在庫管理 ── を、僕はもう自分で表計算ソフトに向き合いながらやらなくなった。レシートの写真と数字メモを投げると、項目分類済みの集計表と「来週そろそろ手袋が切れそうですよ」みたいなアラートが、5分で返ってくる。先月までは2時間かかっていた、あの面倒な院長業務のやつだ。

差引、1時間55分。

人生に「余白」というアイテムがドロップした、ことになる。

ところがその1時間55分、僕は何をしていたかと言うと、別に学会発表の準備をしていたわけでも、家族と話していたわけでも、ない。

ラーメン二郎の動画をひたすら見ていた。完食する若者の咀嚼音、店主のニンニク・ヤサイ・アブラ問答、コール時の謎の緊張感。30分1本、3本連続。最強のタイパだと自分では思っているが、客観的にはたぶん最弱である。

医者のくせに夜更かしと脂質過多のループに自ら飛び込んでいる、なワケで。たぶんこれが、そのまま今日の本題に転がる予感がしている。

そもそも「タイパ」とは、なんだったのか

「タイパ」と「コスパ」を並べる風潮は、ここ数年でいつの間にか定着した。電車内のスマホ画面を斜めから覗くと、YouTube は1.5倍速、Netflix のドラマは飛ばし飛ばし、TikTok の縦動画は15秒で次へ、というあのリズム。「時間を使う」ことに、令和の僕らは奇妙な罪悪感を持つようになった。10分の昼休みに5本の動画を消化できないと、なぜか1日が無駄になった気がする ── 我ながら、おかしな話だが、ほぼ毎日やっている。

そして、ここ最近、ホワイトカラーの集まる飲み会で耳にする言葉に、もう一つ変化があって。「リスキリングで生成AIの講座を受け始めた」「ChatGPTで来月から外注切る」「AIエージェントに業務を月3万で任せている」── タイパの主役が、人間からツールに、確実に移り始めている。2026年はAI副業の「コモディティ化」の年、なんていう記事も普通に出回るようになった。

つまり、2026年の僕らが直面しているのは、ちょっと変わった局面である。「時間そのものが、外部から返ってきてしまった」── これが、なんとも妙な経験なのだ。

AIが業務時間を圧縮した、けれど

ChatGPT や Gemini や AI エージェントといった生成AIたちが、ホワイトカラー業務の一部をかなり圧縮している、という話を、2026年はあちこちで聞くようになった。数時間かかっていた作業が、AIエージェントで数分単位に縮む例も普通に出てきて、こうなるともう労働時間の話というより産業構造の話で、僕みたいなクリニックの院長室にいる人間にすら、はっきり影響が来ている。

便利。便利なのだ、普通に。

問題は、便利になった分の時間で、僕らが「人類のレベル上げ」をしているかと言うと、たぶんそうじゃない、ということ。

僕の例で言えば、ラーメン二郎の動画である。AI に院長業務を渡した余白を、自分で深夜のジャンクフード鑑賞会で埋めるあたりが、医者として実にお粗末である。

ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』で、面倒な未来予測をしている。「末人 (letzter Mensch)」── 安楽だけを求めて、何の挑戦もしない人間。彼は「われわれは幸福を発明した」と言って、まばたきして見せる。19世紀末の予言だが、ChatGPT 時代のリビングと半端なく解像度が合っている、と思う。

ここで19世紀の哲学者を持ち出すと「医者がツァラトゥストラを語る寒い夜」になりかねない、と自分でも警戒している。話を戻そう。

健康経営優良法人2026の役員フロアにて

2026年3月9日、経済産業省が「健康経営優良法人2026」を発表した。大規模法人部門3,765法人、中小規模法人部門23,085法人。上位枠の「ホワイト500」「ブライト500」、それから「健康経営銘柄2026」に44社、人事部の方は聞き慣れたラインナップだと思う。

なんとも誇らしい認定で、社内ロビーに賞状が飾られるレベルである。

ところが外来をやっていると、たまに、意地悪な光景に出会う。

その日の予約欄には、「健康経営優良法人」を取得している、誰でも知っている大企業の役員さんが入っていた。HbA1c 7.5%(糖尿病型の目安は6.5%以上ね)、半年前から経過観察と書かれているのに、来ていなかった。「いやー、ちょっと忙しくて」と。

役員フロアでは、従業員の健康スコアを毎月モニタリングしているらしい。リアルタイム可視化のダッシュボード、立派なものだ。だが、ご自身の検査結果は半年放置していた。

役員フロアのダッシュボードと、デスクに積まれた手付かずの健診結果

これはたぶん「経営者がだらしない」みたいな話ではなくて、もっと人類全体に普遍的な構造として、「他人の健康は管理できるが、自分の健康はサボる」という性質があるのだと思う。

僕自身が今、ラーメン二郎を眺めている院長室で言うのも何だけれども、医者あるあるで、医者の健診結果ほど人に見せにくいものはない、という自虐ジョークが業界では定期的にまわってくる。笑えるんだか笑えないんだか分からないところで、止まっている。

灰色の男たち、と1973年のドイツ

ミヒャエル・エンデの『モモ』、というドイツの児童文学がある。1973年に出て翌年ドイツ児童文学賞を受賞。今でも世界中で読まれている、と言えば伝わるだろうか。

ざっくり言うと、人間から「時間」を盗む灰色の男たちの話である。彼らは効率化を売り込む。「時間を節約すれば豊かになれる」「無駄な時間(おしゃべり、散歩、ぼんやり)を切り詰めれば、後で時間がたっぷり使える」── まったくその通りで、聞いた瞬間「あー、それ、いいかも」と思う、あの感じ。みんな信じる。みんな効率的になる。みんな疲弊する。そして節約したはずの時間は、戻ってこない。

書きながら、なんだかうっすら寒気がしてくる。エンデが描いた灰色の男たちと、2026年に僕の手元にいる3つの AI のタブが、どこかで似ている感じがする。違うかな。違うか。違うかもしれない。

ただし、エンデが優しかったのは、物語の中で時間は最終的に取り戻されるという結末を描いたところ。灰色の男たちは消える。人々は時間を取り戻す。少女モモが助けてくれる。

僕らの2026年に、モモ役は誰だろうか── と、つい外側に答えを探したくなるんだけれども、おそらくそこは罠で、本当の答えはたぶん、自分の中にしかない。

──と、童話を持ち出して哲学っぽく転がす癖、自分でちょっと止めにきています。

自分の代謝、というキャラの評価

少しゲームの話をしてもいいですか。

ガチャゲームをやる人なら「SSR」「URキャラ」「天井」あたり、聞いたことあると思う。確率の低いキャラに何万円も突っ込む、あの世界。逆に「リセマラ」(リセット・マラソンの略、序盤のガチャを引き直して強キャラを確保する儀式)も、たいていのソシャゲ攻略 wiki の冒頭に書いてある。

このゲーマー視点で「自分の代謝」(要するに自分の体)を評価してみたら、けっこう面白かった、という話を書きたい。

  • レアリティ: 高くはない。生まれた瞬間から全員に1個ずつ配布される、いわゆる初期キャラ
  • ステータス成長: 遅い。1日や1週間では変化が見えにくい
  • 維持コスト: 食事・運動・睡眠の自己管理が要る
  • リセマラ不可: 取り替え効かない、一生これ1個

この4項目を並べてもらうと、コスパ最悪のキャラ、にしか見えない。

ところが、長期で運用するとこのキャラ、確定報酬がついてくる。

  • 月額数万円の課金(自費医療)は必須じゃない。食事・運動・睡眠の自己管理コストだけ
  • 株や為替のように相場で乱高下しない。生活習慣に応じて、ゆっくり動く
  • 配当(健康寿命)は、若いうちから積み増しできて、後半戦で効く
  • 廃人化リスク(過剰運動・極端な食事制限)はあるが、ガチャ廃人みたいに財布が飛ぶリスクは少ない

つまり地味だが、人生100年時代の長期戦で、結局いちばん効く SSR なのではないか、と、僕は外来をやりながらちらちら思っている。

「自分の代謝 = 確定報酬付きの低レアSSR」の比喩、ちょっと無理筋ですね、自覚はあります。それでも、ジムやサウナや GLP-1 や人間ドックに数十万円かける前に、まず「初期配布キャラの育成」を最低限やっておく、というのが、地味だけど効くゲーム攻略なんだよなあ、というのは伝えたい。

具体的には、朝のコンビニで、おにぎりだけじゃなく、ゆで卵とサラダチキンを1個ずつ追加する、それだけで人によっては朝の血糖の上がり方が変わる、という話を、自分でも半年試している。劇的な効果はないんですけど、HbA1cが静かに動いた、というのは、グレン・グールドが弾く『ゴルトベルク変奏曲』のアリアみたいに、地味だが確実な動きで(前回も同じ比喩を使ったやつで、引き出しの少ない医者は許してくれ)。

自費か保険か、というありがちな相談

最近、AI で時間ができたタイミングなのか、外来で「自費でGLP-1を試してみたい」というご相談がちょっとずつ増えている、という現場感がある。

率直に書くと、糖尿病・肥満症の保険適応の枠でカバーできる方は、保険診療で進める。それで十分な効果が出るケースは多い。BMIや合併症の条件には届かないけれど、健診で予備軍と言われた、家族歴があって心配、本気で代謝を立て直したい、そういう方には、自由診療でGLP-1の選択肢をお出しすることもある。当院は糖尿病保険診療を中心に運営している糖尿病クリニックなので、自由診療のGLP-1もその延長として扱っている、というのが正直なところ。糖尿病専門医として毎日この薬を保険診療で使い倒しているからこそ、自費の場面でも同じ精度で診られる、というのが僕なりの筋なのだ。

ただし、自費か保険かよりも、その後の運用があなたのSSR次第だ、というのは、たぶん本コラム全体を貫いている主旋律でもある。AI に業務を渡せても、自分の体は誰にも渡せない。

薬の話、ここで切ります。生活の話に戻ります。

結局、その1時間55分を、何に振るか

長々と書きました。ざっくり整理すると、こうなる。

AI が時間を返してくれている── これは2026年の大きな事件で、ホワイトカラー史的にもなかなかない規模の現象だと思う。これ自体は祝うべきこと。

ただ、返ってきた時間が、自動的に人生を豊かにするわけではない。むしろ、何もしないと、ニーチェの言う「末人」のリビング、エンデの灰色の男たちの帳簿、それから今この瞬間、Netflix で『忍びの家』のシーズン2をぼーっと一気見している中年男性たちの食卓 ── あれが、家族のスマホ画面の数だけ並ぶ、という未来になりかねない。

僕で言うとラーメン二郎の動画である。お前のことだぞ俺、と画面に向かって言いたいワケなんですよ、ええ。

抜け方は、外側にはない。AI はもう時間を返している。会社の健康経営制度も、企業の数字は管理してくれる、が、あなた個人の代謝までは管理してくれない。

返ってきた時間の数十分でも、自分のSSRに振る決心は、結局、自分で持つしかない。

その振り方の、地味だけど確実な答えとして、たとえばこういうやつ:

  • 引き出しに溜まった健診結果通知を、今夜、開いてみる
  • HbA1c の値を、Google で検索しないで主治医に聞きに行く
  • 朝のコンビニで、おにぎり1個に、ゆで卵をプラスしてみる
  • 散歩30分を、明日のカレンダーに入れる

これだけ、なのだ。中学生の作文かよ!と我ながら思うけれども、これがいちばん確実な攻略、なのである。

医者として、患者として、生活者として、僕らはみんな、AI が返してくれた時間という新しいアイテムを手にしている。そのアイテムを20年後に開封して「振ってきて良かった」と思える運用ができるかは、結局のところ、レベル30くらいから真面目に積み始めた地味な周回プレイ次第、なんだろうと思う。

そんなわけで、ラーメン二郎の動画を閉じて、明日のカレンダーに「散歩30分」と入れた。

AI が返してくれた1時間55分のうち、たった30分。

行くだけ、なのだ。

行くだけ、なんだけれども。

夕暮れの並木道を歩く後ろ姿。スマホはポケットの中

4コマ漫画:5分で書いてくれた → 1時間55分も浮いた! → ニンニク・アブラ・ヤサイ → お前のことだぞ、俺

院長後記

ラーメン二郎の動画は、この原稿を書いている途中で、結局、もう1本見てしまいました。本人もまだ末人寄りで生きています。次回までに代謝SSRをLv31くらいまでは育てたい所存。前回告知した「コンビニのおにぎり棚で迷う筆者がどんな朝食を選んだのか」は、今回ちょっとだけ触れたかもしれません。お読みいただきありがとうございました──と書いて、こういう礼の決まり文句は本コラム的にはNGだったと気づき、削ろうとして、やっぱり残しておきます。礼くらいは、たまには、言わせてください。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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