第4回|梅雨の不眠と、翌朝の血糖。

アイキャッチ:梅雨の朝、診察前のコーヒーと窓辺の医師

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


8時間寝たい、と言いながら、6時間で起きてしまう僕と、たぶん、あなたへ。

アイキャッチ:梅雨の朝、診察前のコーヒーと窓辺の医師

朝、診察前のコーヒーを2杯目に入れ替えながら、ふと窓の外を見ると、梅雨入り前の重たい空が広がっている。湿度の高い空気というのは、内分泌の医者にとっては、患者さんからの「先生、最近寝つきが悪くて」を、一年でいちばん頻繁に聞く合図でもある。

実は、ここ数週間、僕自身が午前2時にスマホを見ている時間が増えた。クリニックの締め作業はAIに渡しているし、業務メールも夕方には終わっている。なのに、午前0時を回るとなぜか「もう少しだけ」と画面を見続けてしまう。電気を消して目を閉じると、すぐ眠りに落ちないことを知っているから、なかなか目を閉じない。── 大人の不眠というのは、たいていこういう小さな先延ばしの積み重ねでできている、と、医者のくせに、自分の枕元で毎晩実演している。

そんなことを思いながら、午前の外来で、3人連続で「先生、最近、夜中に何度か目が覚めるんです」と聞いた。3人とも、年齢・性別・職業・体型ばらばら。共通点は1つだけ、「梅雨に入ってから」と最初に言ったこと。

今日はその話を書く。睡眠と、翌朝の血糖の話、なのだ。

6時間しか寝てない、というのが地味に怖い話

まず、ホワイトカラーの平均睡眠時間がどれくらいかというデータ。2024年夏に日本ゼオンが20〜69歳の1,028人に実施した調査では、平均睡眠時間が7時間未満の人が81.2%。そのうち68.4%が「夏に睡眠の質が低下している」と自覚していた、と。

8割。これはもう「働くホワイトカラーは寝不足である」が国民的事実として確定している、と読んでよい数字、なのだ。

しかも、ここに 出社回帰ブーム が重なっている。アクセンチュアが2025年6月から国内全従業員に週5出社を義務化、というニュースが去年の春に話題になって、そこから1年経った今、ハイブリッド勤務で得ていた朝の30分・夕方の40分の余白が、通勤時間に戻ったままの人が増えている。家を出る時刻が前倒しになり、シャワーと朝食の時刻が前倒しになり、結果として 就寝時刻が前倒しにならない。前倒しになるのは「起きる時刻」だけで、睡眠時間はじわじわ削れる構造になっている。

ふつう、こういう話を書くと、読者は「うん、わかる、で?」となる。寝不足は誰でも知っている。眠いの嫌だ、休日に寝だめする、で終わる。

ところが、内分泌の医者として一つ、地味に怖いデータを書いておきたいんですよ。

一晩で 25% 下がる、というインスリン感受性

J Clin Endocrinol Metab 2010 年に Donga らが報告した研究(PMID: 20371664)に、こういう実験がある。

健常な成人9人(男性5人、女性4人)に、まず 8時間の正常睡眠を取らせて、翌朝にインスリンとブドウ糖の点滴で精密に「インスリン感受性」を測る。そのあと別の日に同じ9人に、今度は 4時間だけの部分的睡眠制限を1晩だけ与えて、翌朝に同じ測定をする。

結果。たった1晩の半分睡眠で、グルコース処理速度(peripheral insulin sensitivity の指標)が、約25%低下。さらに、肝臓のインスリン抵抗性も上がっていた。

たった1晩。

たった1晩の寝不足で、健常者の代謝が「ちょっと糖尿病寄り」のプロフィールに動く。これはもう、寝不足を侮ってはいけない、というには十分すぎる数字だと僕は思う。糖尿病外来で何度かこの話をすると、患者さんが眉間に皺を寄せて「先生、それ、もうちょっと早く知りたかった」と、誰のせいでもない不機嫌そうな顔をする。気持ちはよくわかる。僕も自分の枕元で同じ顔をしている。

ついでに、寝不足は 食欲ホルモンも狂わせる、という報告がある。レプチン(食欲を抑えるほう)が下がって、グレリン(食欲を上げるほう)が上がる、という二重の不利益。徹夜明けの朝、いつもよりラーメンが食べたくなるのは気の所為ではなくて、ホルモンが本当にそう仕向けている、と、複数の研究で繰り返し報告されている。

大谷翔平の「8〜9時間」と、僕らの「5時間半」

深夜のベッドでスマホを見続ける働き盛りの男性

ところで、ここ2年ほど、SNSとビジネス書界隈で 「大谷翔平の睡眠習慣を真似る」 というブームが続いている。Note でも「3ヶ月真似してみた」記事を見かけるし、健康番組でも特集が組まれる。

ご本人の発言の出典を辿ると、めざましmedia のインタビューで大谷自身が「量もそうですし、質もそうですし、少なくても8時間、9時間は絶対寝たいなというイメージで毎日寝ていました」と言っていて、Number Web の記事に至っては「寝ていいと言われたら、いくらでも寝られます」と、12時間睡眠のエピソードまで出てくる。MLBの試合・移動・練習を回しながら、これ。すごい人は本当にすごい。

そして、これに対して働くホワイトカラーの現実は、たぶんこういう感じである。

  • 19時、定時退社、と言いたいが Slack がまだ流れている
  • 20時、帰宅、夕食、洗い物
  • 22時、入浴、ついでにストレッチを試みる
  • 23時、もう一度 Slack を確認、明日の資料に目を通す
  • 24時、ベッドに入り、なぜかスマホで政治ニュースを30分
  • 0時半、寝る
  • 6時、起床

合計5時間半。

これに大谷翔平の「最低でも8時間」が刺さると、人は「真似したい、けど、無理だな」と数秒で諦めて、結局その夜もスマホをスクロールする。これは僕も身に覚えがあって、医者のくせにスポーツ選手の生活リズムを片目で見ては、自分の睡眠衛生を翌週から、翌週から、と先延ばしにしている。

ちなみに、これも地味な研究なんですけど、Van Dongen らが Sleep 誌2003年に報告した古典的実験(PMID: 12683469)では、健常な成人を 8時間 / 6時間 / 4時間 / 2時間 の4群に分けて2週間続けると、6時間以下の群では、本人の主観的な眠気はそこまで増えないのに、注意・反応の客観成績は「2晩徹夜した人と同じレベル」まで落ちる。「6時間でも自分は大丈夫」と言っている人は、たぶん本人の集中力低下に気づける集中力さえも、すでに削れている、というのが意地悪な結論。

梅雨という、追加の重り

ここに、6月の梅雨が乗っかってくる。

2026年5月の Asset Brain Consulting の調査(全国290名)では、梅雨前から「だるさ・眠気」を感じる人が72.7%(「時々感じる」47.9% +「よく感じる」24.8%)、その原因1位がやはり 「睡眠の質の低下」、と出てくる。湿度が高いと体内の水分代謝がうまくいかず、自律神経のバランスが揺らぐ。寝苦しい、朝起きにくい、午後に頭が重い、というあのコンボ。

つまり、もともと寝不足の働くホワイトカラーが、6月になって 「寝つきは悪く・夜中に目覚め・朝もしんどい」 の三段重ねを引き受ける。インスリン感受性も自律神経もコルチゾールも、全部「梅雨追加デバフ」がかかった状態で月曜の朝を迎える。

外来の体感として、5月下旬から6月中旬は、HbA1c が「あれ、なんで上がってるんだろう」と本人も首をかしげる方が増える、という季節でもある。食事も運動も大きく変えていない、なのに数字が動く。要因の一つは、たぶん梅雨と睡眠と内分泌の、見えにくい連立方程式。

自費か保険か、というよくある相談

睡眠そのものが主訴になって受診される方もいるし、糖尿病外来の流れの中で睡眠の話に分岐する方もいる。

僕の外来では、睡眠時無呼吸の疑いがあれば検査の方向に進めるし、自律神経やストレスの色が強ければ漢方を併用することもある。当院は糖尿病の保険診療を中心に、漢方内科も提供している糖尿病クリニックなので、睡眠と血糖を別々の科に分けずに、ひとつの外来で一緒に見られるのが構造的な強み、というのが正直なところ。GLP-1 を含む自費診療の選択肢も並走しているが、それはケースバイケースで、まずは生活習慣を整えるところから始める方が、ご本人の総コストも下がる。

この話、ここで一旦切ります。地味な結論に戻ります。

結局、寝ましょう、という地味な結論

雨上がりの朝、診察室の窓辺に立つ医師

医学の意地悪なところは、たいていの場合、最善の処方箋がいちばん地味なところにある、ということ。糖尿病で言えば「食事と運動」、睡眠で言えば「寝てください」。本人が一番ハードルが高いと感じている行動が、医学的にいちばん効く。当たり前すぎて、なかなか実行に至らない。

それでも、梅雨の追加デバフを受け止めるための地味な5つを、いちおう書いておく。

  • 室温と湿度。寝室の湿度は 50〜60% を目安に、除湿器か、エアコンの除湿モードを使う
  • 就寝3時間前以降のカフェインを控える。夕方の眠気覚ましのコーヒーは、夜の眠気を奪っていることが多い
  • 就寝前のスマホ、「触らない」ではなく「触っても困らない場所に置く」。意志でなく動線で
  • 大谷の8時間は真似しない。代わりに「自分の現実」と折り合いをつけて、まずは7時間に伸ばすところから
  • HbA1c を測ったついでに、最近の睡眠時間を主治医に話す。血糖と睡眠は同じ外来で扱える

これだけ。いつも書いている地味な5つで、自分でも書きながら「これを5回書く外来勤務、何回目かな」と数えそうになる。けれど、地味な答えしか地味に効かない、というのは、Vonnegut が『スローターハウス5』で繰り返した “So it goes” のように、こちらが何度繰り返しても、毎晩の不眠にはいちいち響かない。それでも書く。

そんなわけで、僕は今夜、たぶん0時には Slack を閉じる。

たぶん。

4コマ漫画:今夜こそ0時に寝るぞ → Slack…ちょっとだけ → もう一本だけ動画… → ……明日こそ

院長後記

書きながら気づいたんですが、僕の枕元のスマホ、画面の輝度が研修医のころに設定したきり、一度も触っていませんでした。眩しい。明日、朝の通勤時にちゃんと下げます。たぶん。次回までに採血の再予約を入れる、と前回も書いたまま、まだ予約画面を開いていません。中学生の作文かよ、と我ながら思いますが、こうやって書いておけば、来週の自分が読み返して、苦笑しながら採血の予約くらいは入れるかもしれない。書いておくのは、たぶん、そういう用途のものだったりするのです。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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