第14回|値上げは、財布より先に、皿の色を薄くする。
執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。
同じ千円で買える皿は、去年より白い。減っているのはカロリーではなく、色のほうだ。

夜の9時すぎ、走り終わってそのままスーパーに寄ると、店員さんが値札を貼り替えている場面に出くわすことがある。棚の下のレールに差さった小さな紙を、一枚抜いて、新しいのを差す。作業自体はごく静かで、音もほとんどしない。ただ、抜かれた古い紙のほうを横目で見ると、こちらの記憶にある数字が印刷されていて、差し込まれた新しい紙には、それより少し大きい数字が乗っている。ハムの棚、カップ麺の棚、ツナ缶の棚。順番に、黙って、書き換わっていく。
毎日十キロから十五キロ走る人間なので、正直、食べる量は多い。かごの中身も多い。レジで合計額を見て「あれ」と声が出そうになる回数が、この一年でだいぶ増えた。同じものを、同じだけ入れているつもりなのに、出ていく額だけが少しずつ上を向いている。感熱紙は、こちらの記憶より正確だ。
袋を提げて外に出て、信号待ちでスマホを見たら、飲食料品の消費税を来年の4月から一パーセントに下げる、という閣議決定の見出しが並んでいた。8月5日のことだった。
と、ここまで書いて、これは値段の話ではなく、献立の話だな、と気づく。話を、もう少し低い軌道に乗せ直す。今日書きたいのは、値上げが、食卓の「中身」のほうを静かに書き換えている、という話だ。
スーパーの棚では、値札のほうが献立より先に書き換わる
気のせいではなかった。帝国データバンクが7月31日に公表した「食品主要195社」価格改定動向調査によると、2026年8月の飲食料品の値上げは 2,311品目。前年の同じ月が1,262品目だったので、ざっくり8割増である。8月単月の平均値上げ率は15%。
内訳が、また味わい深い(味わいたくないが)。8月でいちばん多いのが加工食品の1,419品目で、前年同月のおよそ七倍。中身はハム・ソーセージなどの食肉製品、カップ麺、缶詰といった顔ぶれだ。要するに、忙しい日の夕食と、給料日前の1週間を支えてきた棚が、そろって書き換わっている。調味料が589品目というのも地味に効いてくる。醤油やみりんは一本で何十回ぶんの食事に関わる係なので、上がり方の割に、影響が長く尾を引く。
そして9月は4,531品目。2026年内では最多になる見込み、と同じ調査は書いている。年間の累計は、11月判明分までで18,347品目。
いっぽう、生鮮の野菜のほうは、この夏に限れば少し違う顔をしている。農林水産省が同じ7月31日に出した野菜の生育状況及び価格見通し(令和8年8月)を見ると、だいこん、キャベツ、ねぎ、レタス、なす、たまねぎ、ばれいしょ——このあたりは平年並み。やや高いのがほうれんそうときゅうりで、トマトが8月後半にかけて平年を上回る見通し、という書き方になっている。
つまりこの8月、値札が派手に動いているのは「野菜そのもの」ではなく、「野菜以外の、手のかかった何か」のほうだった。ここが今年のややこしいところで、話はここから、素直でない方向へ転がっていく。
中東の海の話が、ハムの値段になって帰ってくる

同じ調査は、値上げの理由も並べている。原材料高が90.9%、物流費が65.8%、包装・資材が64.0%。そこにもう一つ、中東情勢を要因に挙げた品目が27.8%。ざっと3割だ。
3割、というのは、少し立ち止まる数字だと思う。行ったこともない海峡で何かが起き、原油が上がり、船が遠回りを覚え、樹脂の値段が動き、トレーとフィルムが上がって、最後にハムのパックの裏側の数字になる。この経路のどこにも、こちらの生活の判断は挟まっていない。挟まっていないのに、支払いだけは、しっかりこちらの財布から出ていく。世界の一大事は、新聞の一面から降りてきて、最後は冷蔵庫の中で名前を変える。
ひと月半ほど前に、似た方向の話を書いた(第7回・世界が燃えている朝に、僕らはただ、速く歩く)。あのとき僕が受け止められたのは、せいぜい給油口のあたりまでだった。あれから6週間で、同じ海の話は、チルド室の高さまで降りてきている。
政治のほうも、動いてはいる。8月5日、政府は臨時閣議で、飲食料品の消費税率を2027年4月から2年間、8%から1%へ引き下げる基本方針を決定した。残る7%相当は中低所得者への現金給付で埋めて「実質ゼロ」にする設計だという。減収規模は2年で約10兆円、関連法案は秋の臨時国会。消費税が下がるのは、1989年の導入以来はじめてらしい。
ありがたい話だと思っている。思ってはいるのだけれど、来年の4月と今夜の夕食のあいだには、まだ二百数十回の夕食が挟まっている。制度は年度で動き、食卓は一日で動く。この時差のあいだをどう歩くか、というのが、今日書きたい話の芯にあたる。
値上げは家庭に、「減らす」か「替える」かの二択を迫る
家計の側は、とっくに答えを出し始めている。第一生命経済研究所のレポートによれば、2025年の二人以上世帯のエンゲル係数は28.6%で、1981年の28.8%以来の高さ。同じレポートは、2025年の食料品の上昇率が+6.8%で、物価全体の+3.2%を大きく上回っていたことも書いている。食料品を除いた部分は+1.7%だそうだ。上がっているものの大半は、口に入るものだった、ということになる。
エンゲル係数と言うと途端に統計の話に聞こえるけれど、家の中で起きているのは、もっと即物的な出来事である。給料が同じで、食べるものだけが上がったら、打てる手は二つしかない。量を減らすか、安いものに替えるか。 三つ目の「収入を増やす」は正しい答えだが、今夜の夕飯には間に合わない。
そして人は、たいてい「減らす」より「替える」を選ぶ。腹が減るのは今日つらい。安いものに替えるのは、今日はつらくない。今日つらくないほうを選ぶのは、弱さではなく、生活がまだ続いている証拠だ。 ここを取り違えた説教が、世の中には多すぎると思っている。
食費を節約すると、皿の上から何が先に消えるのか
ここからが、今日いちばん書きたかったところ。
同じ金額で最も多くのカロリーを買えるのは何か、と考えると、答えはだいたい決まっている。米、パン、麺、油、砂糖。値段あたりの熱量では、炭水化物と脂質が圧倒的に強い。逆に、肉、魚、卵、豆腐、そして野菜は、カロリーの割に高い。栄養の話としては優等生の顔をしているのに、家計の計算の上では、まっさきに「削っても今日は死なない」欄へ回される。
だから、食費を締めていくと、皿の上で奇妙なことが起きる。総カロリーはさほど減らないのに、色が減る。 緑と赤が引き、白と茶色が残る。もやしとキャベツで嵩を作り、麺で腹を満たし、肉は「味つけ用の少量」に格下げされる。財布から見れば、これは完璧に正しい最適化だ。ただ、身体のほうには、まったく別の書類が回ってくる。家計の計算式には、身体のぶんの費用を書き込む欄が、そもそも用意されていない。
数字にも、その気配は出ている。令和5年の国民健康・栄養調査では、二十歳以上の野菜摂取量の平均は256.0グラム。男性は直近十年で有意に減っている。国が掲げる一日の目標は350グラム以上なので、平時でもだいぶ足りていない。そこへ、この夏の値札が乗る。
(この調査は今回の値上げより前の話なので、全部を物価のせいにはできない。ただ、背中を押した何かがあった、くらいには読める)
同じ千円、似たカロリー、まるで違う中身
内分泌の医者として、ここは正直に書く。同じカロリーでも、中身の比率が変わると、身体の中で起きることは変わる。
炭水化物に寄った食事は、食後の血糖の山が高く、急になりやすい。ごはん大盛りにうどん、菓子パンだけの昼、麺と揚げ物の丼。どれも旨いし、どれも安い。ただ食後の上がり方でいうと、いちばん急な坂を選んでいることになる。糖尿病の食事管理とダイエットは似ているようで別の競技だ、という話は初回に書いた(第1回・糖尿病の食事管理とダイエット、似てるようで別ゲーでした)。今日の話はそれよりずっと手前で、選択肢のほうが、値段によって先に間引かれている、という段階の話になる。
もう一つ、たんぱく質。ここが細ると、筋肉が痩せる。筋肉は、食後の糖をいちばん大量に引き受けてくれる置き場所なので、置き場所が小さくなれば、同じ食事でも血糖は高く出やすくなる。しかも筋肉が減れば、一日の消費エネルギーも落ちる。節約したはずの食事が、痩せにくい身体のほうへ静かに積み立てられていく。 あまり笑えない循環である。
だから体重は、案外減らない。むしろ増える人もいる。これは意志の話ではなく、単に「安いものはエネルギー密度が高い」という物理の話だ。いまの栄養不足は、痩せた身体ではなく、太った身体のほうに宿ることがある。 二十世紀の教科書といちばん食い違うのがここで、正直、医者の側もまだ言葉を持て余している。
「節約するな」とは、こちらの口からは言えない
ここまで並べたところで、自分でブレーキを踏む。
診察室で「もっといいものを食べてください」と言うのは、言うほうは3秒で済む。言われるほうは、1か月ぶんの家計を数えることになる。3秒と1か月。この非対称に無自覚なまま生活指導をする医者を、僕は何人も見てきたし、たぶん自分もどこかでやっている(汗)。
五代目の古今亭志ん生に、貧乏は「する」もんじゃない、「たしなむ」もんだ、という趣旨の啖呵がある。粋な言葉だと思う。ただ、これは自分の貧乏を自分で引き受けた人間が言うから粋なのであって、白衣を着た他人が他人の家計に向かって言った瞬間、ただの無神経に転落する。この啖呵が好きなくせに、診察室では一度も使ったことがない。
こちらから言えるのは、「使える金の中で、どう組み替えるか」までだ。 増やせ、とは言わない。減らすな、とも言わない。同じ千円の中の並べ替えなら、ぎりぎり守備範囲に入る。
安い食材で栄養を確保する、という現実的な話
ということで、値段を上げずにできる組み替えの話をする。派手さは、いっさいない。
卵、豆腐、納豆。 この三つは、たんぱく質の単価でいうと、いまだにかなり強い。特売の肉を待つより、この三つを常備するほうが、1週間の底が安定する。冷奴に納豆を乗せて卵を落とせば、火も使わない。
缶詰。 さば缶、いわし缶、ツナ缶。……缶詰も今回の値上げ品目のど真ん中だったな、と思い出して、書きながら少し黙った(笑)。それでも、常温で置けて、下ごしらえが要らず、骨まで食べられる、という点で立場はまだ強い。汁ごと使えば出汁も兼ねる。
冷凍野菜。 ほうれんそう、ブロッコリー、ミックスベジタブル。生鮮の相場は天候で毎週動くけれど、冷凍の袋の値段は、そこまで気まぐれではない。今年の8月のようにほうれんそうが「やや平年を上回る」月には、冷凍のほうが計算しやすい。
乾物。 切り干し大根、わかめ、高野豆腐。乾物は水を吸って何倍にもふくらむので、棚の面積あたりの働きが大きい。地味だが、値上げにいちばん強い一角かもしれない。冷蔵庫の奥では先週の決意がすぐ化石になるのに、乾物と冷凍庫の下段だけは、その決意をわりと長く生かしておいてくれる。
そして、汁物。 発酵学者の小泉武夫さんは、味噌のたんぱく質が米味噌で10〜13%、豆味噌なら18%前後あることを挙げて、味噌汁はいわば肉の汁だという言い方をしている。こちらは「塩分が」と眉を寄せるのが仕事なので、素直に膝を打つわけにもいかないのだけれど(汗)、具を増やして一日一杯、出汁を効かせて味噌は控えめ、という折衷でいけば、椀ひとつで野菜とたんぱく質を同時に片づけられる。豆腐とわかめと冷凍のほうれんそうを放り込むだけで、皿の色は一段濃くなる。
あと一つだけ。白米に、押し麦かもち麦を混ぜる。 米を減らせと言われると身構えるけれど、混ぜるだけなら量は減らない。食物繊維が増える分、同じ茶碗一杯でも、食後の坂はいくらか穏やかになりやすい。値段も、そこまで跳ねない。
医療費のほうの、短い話
金の話をしている回なので、こちらの商売の話も一度だけ正直に書いておく。
当院は糖尿病の保険診療を土台にしたクリニックで、GLP-1受容体作動薬の自費の枠も置いてはいる。ただ、家計が締まっている時期に自費の話から始めるのは、順序が違う。保険の枠内で、採血も、食事の相談も、薬の調整も、たいていのことはできる。 「お金がないから」で受診を数年空けるのが、長い目でいちばん高くつく道で、これは値上げの年ほど言っておきたい。
──お金の話は、この段落で終わりにする。レジ袋の持ち手が指に食い込む、あの帰り道の重さのほうへ、話を戻す。

買い物かごに入れる、地味な5つ
- 卵・豆腐・納豆を切らさない。 特売の肉を待つより、週の底が安定する
- 缶詰と冷凍野菜を、棚と冷凍庫の下段に。 相場の波を受けにくい保険として置いておく
- 味噌汁は、具のほうを増やす。 味噌は控えめ、出汁は濃いめ。椀ひとつで野菜とたんぱく質を兼ねさせる
- 白米に、押し麦かもち麦を1割。 減らすのではなく、混ぜる
- 月に一度、レシートを一枚だけ眺める。 何を削ったかではなく、何が消えたかを見る
五つとも、栄養学というより買い物の段取りの話だ。医者が言うことでもないな、と自分でも思うのだが、外来で食事の話をしていると、行き着く先はたいてい売り場と冷凍庫になる。買い物かごは、その1週間のいちばん正直な報告書で、こちらが手を入れられるのも、だいたいその手前までである。
締めに
政治は来年の4月に手を打つと決めた。企業は9月にまた4,531品目を書き換える。世界のほうは、こちらの都合をいっさい聞かずに、相変わらず遠くで揺れている。そのあいだにも、夕食は毎日やってくる。
歩き方の話を書いたときも、食べ方の話を書いたときも(第1回・第7回)、結局たどり着く場所は同じだった。大きな話には手が届かない。届く範囲は、いつも、かごの中と皿の上くらいの大きさしかない。
その小ささを、侮っていいのか、まだ決めかねている。今夜の皿に緑がひとつ増えたところで、世界の値段は一円も動かない。動かないのに、来年の4月の身体だけは、たぶん少し違う場所に立っている。
棚の値札は、これからも勝手に書き換わる。こちらが書き換えられるのは、かごの中身の並びだけだ。心細い持ち場にも読めるし、案外まともな持ち場にも見える。今夜のところは、どちらとも決めずに、袋を提げて帰ることにする。

この原稿を書いているあいだ、自分のレシートを1週間ぶん、机の端に重ねてみました。ためて並べると、けっこう面白い。走った翌日はやたら量が多く、外来が長引いた日は、明らかに手数が減っている。そして週の後半になるほど、緑色の売り場を通った形跡が薄くなる。1週間の生活が感熱紙に横書きで残っているようで、少しばつが悪くなりました。人には「何が消えたかを見てください」と書いておきながら、自分のかごから最初に消えていたのは、どうやら葉物のほうだったらしい。とりあえず今週は、冷凍のほうれんそうを二袋、先に買っておきました。先に買えば、言い訳がひとつ減る。減った言い訳の分だけ皿に色が戻るかどうかは、次の月曜のレシートに出るはずです。