第10回|決勝の朝4時、ビールと尿酸値だけが延長戦に入る。

アイキャッチ:深夜のリビングでサッカー観戦する男性、テーブルにビールと枝豆

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


痛風の発作は、宴の席には来ない。宴がはねた、翌々日の明け方に来る。

アイキャッチ:深夜のリビングでサッカー観戦する男性、テーブルにビールと枝豆

このコラムが公開される日曜の翌朝、日本時間で月曜の午前4時に、ワールドカップの決勝が始まる。一ヶ月あまり、世界中の睡眠を巻き上げてきた大会の、最後の一夜である。日本代表の冒険は先に終わってしまったけれど、決勝は決勝で、観る。観ますよね。僕も観ます。

で、内科医としては知っている。この手の夜の主役が、試合と同じくらい、ビールであることを。ソファに枝豆に唐揚げ、そして冷えた一本。7月下旬、ウェザーニューズの予報どおりならダブル高気圧の猛暑がちょうどピークに入る週で、ビールのうまさは、たぶん年間最高値を更新する。

だから今日は、その宴の裏側で、静かに帳簿をつけている数字の話を書く。尿酸値の話である。

夏は、痛風がいちばん増える季節

まず、あまり知られていない事実から。痛風の発作には、季節性がある。そして、いちばん多いのは夏だ。

米国の痛風患者632人を追いかけた研究では、直前48時間の気温が高いほど発作のリスクが上がり、暑い日は、穏やかな気温の日に比べて発作リスクがおよそ4割増えたという(Neogi らの報告、2014年)。高温で、しかも空気が乾いている条件では、リスクは2倍まで積み上がった。

理屈は、前回書いた脱水の話と地続きである。汗をかく。体の水が減る。血液が濃くなる。血に溶けている尿酸も、一緒に濃くなる。濃くなった尿酸は、関節の中で結晶になって析出し、それを免疫が「異物だ」と攻撃した瞬間、あの激痛が始まる。ビールは喉もとで終わるが、尿酸は関節で、長い残業を始めるのだ。

しかも発作は、飲んでいる最中には来ない。多くは明け方、寝ているあいだの脱水が仕上げをした頃に来る。深夜の発作は日中より2.4倍多い、という報告も紹介されている。宴の席では、尿酸はまだ黙っている。請求書は、いつも宴のあとに、時間差で届く。

尿酸という、健診でいちばん放置されている数字

尿酸値は、健診の紙の中でも、地味さでは横綱級である。

基準はシンプルで、血清尿酸値が7.0mg/dLを超えたら高尿酸血症日本のガイドラインがそう定義している。そして同じガイドラインによれば、成人男性のおよそ2割以上がこの基準を超えている。国内の高尿酸血症の人はおよそ1,000万人規模、痛風を発症した人だけでも約100万人、といわれる。つまり、この文章を読んでいる男性の、5人に1人くらいは当事者、という計算になる。

ところが、尿酸の意地悪なところは、7.0を超えても、しばらく何も起きないことだ。痛くも痒くもないまま、数年が過ぎる。健診の紙に小さくCの字がついて、「ビール減らさなきゃなあ」と言いながら、その夜もビールで乾杯して、忘れる。7.0という数字は、崖ではない。ゆるい下り坂の始まりである。 崖なら人は立ち止まるのに、ゆるい坂だから、歩き続けてしまう。そして数年後のある明け方、足の親指の付け根が、突然、燃える。風が吹いても痛いから痛風、という名前の由来を、その朝、全員が身体で理解する。

ついでに言うと、痛風はかつて「帝王病」と呼ばれた。肉と酒が毎日食卓に上るのは王侯貴族だけだった時代、これは身分の高さの証明のような病気だった。それがいまは、コンビニと居酒屋チェーンが、王様の食卓を数百円で再現してくれる。帝王の病が国民の病になったのは豊かさの証でもあるけれど、健診の紙の上では、あまりめでたくない民主化である。なお、この病気が長く「男の病気」だったのは、女性ホルモンに尿酸を外へ出す働きがあるからで、だから女性も、更年期を境に他人事ではなくなる。ここは意外と知られていない。

ビールだけを悪者にするのは、半分正しくて、半分違う

居酒屋で乾杯するビジネスパーソンたち、夏の夕方

「じゃあビールをやめて、プリン体ゼロの発泡酒にします」──外来で一日に何度も聞くセリフである。気持ちはありがたい。ただ、ここには夏の落とし穴がある。

たしかにビールはプリン体が多めの酒だ。プリン体は体内で分解されて尿酸になるから、多く摂れば尿酸は増える。ここまでは正しい。ところが、尿酸のもとになるプリン体は、食べ物からだけでなく、その多くが体の中でも作られている。そして、アルコールという物質そのものが、その体内での尿酸の産生を増やし、おまけに腎臓からの排泄まで邪魔をする。つまり、プリン体ゼロの酒でも、アルコールである限り、尿酸値は上がる方向に働く。ゼロという文字を免罪符にして総量が増えたら、むしろ逆効果になる。

「コノサカヅキヲ受ケテクレ、ドウゾナミナミツガシテオクレ」──井伏鱒二が漢詩をああ訳したのは、よく知られた一節だ。名訳は長く酒席で生きているけれど、残念ながら、尿酸値は詩を読まない。なみなみ注がれた杯の分だけ、黙って帳簿に書き足していく。「サヨナラ」ダケガ人生ダ、とはいえ、痛風発作とだけは、できればサヨナラしたままでいたい。

観戦という名の、静かな危険因子の束

ここで、明日の朝4時の話に戻る。深夜のスポーツ観戦というのは、尿酸の側から見ると、条件が見事に揃っている。

  • 興奮して、ビールが進む(アルコール+プリン体)
  • つまみは唐揚げ、干物、レバー系(プリン体)
  • 冷房の効いた部屋でも、じわじわ汗はかいている(脱水)
  • 睡眠が削れる(発作の引き金になるストレス)
  • そして観戦が終わるのが、ちょうど発作の好発時間帯の明け方

狙って設計したような布陣である。もちろん、一晩の観戦で即発作、という話ではない。ただ、健診で尿酸値に印がついている方にとって、この一ヶ月の観戦生活が「最後の一押し」になることは、普通にある。実際、外来の体感でも、大型スポーツイベントと連休のあとは、「先生、足の親指が」の初診が、すこし増える。尿酸値は、その夜の飲み方を、しばらく体の中に覚えている。そして本人がすっかり忘れた頃に、足の親指で返事をしてくる。

来週は土用の丑の日、という余談

ついでに書いておくと、来週の日曜、7月26日は土用の丑の日である。「うなぎはプリン体が多いんですよね?」ともよく聞かれるのだが、うなぎのプリン体は実はほどほどで、レバーや白子、あん肝のような「別格」たちとは階級が違う。年に一度の丑の日のうな重を、尿酸を理由に我慢する必要は、まずない。夏の弱った身体に栄養のあるものを、という丑の日の知恵そのものは、江戸の昔から、わりあい筋がいい。問題はうな重ではなく、その横に「とりあえず」で並ぶ大ジョッキのほうである。

尿酸だけを、見ない、という話

尿酸値と体重の関係も、書き添えておきたい。高尿酸血症は、肥満や血糖・血圧・脂質の乱れと、根っこのところで絡み合っていて、体重が減ると、尿酸値も下がる方が多い。当院は糖尿病の保険診療を土台に、肥満症の外来や、自由診療のGLP-1治療も手がけているが、どの入り口から入っても、行き着く仕事は同じで、絡まった根っこを、一本ずつほどいていくことになる。尿酸だけを見て尿酸だけを治す、というのは、実はいちばん遠回りだったりする。──さて、帳簿の話はこのへんで閉じて、冷蔵庫の前に戻りましょう。

地味な5つ、決勝観戦バージョン

夜のキッチンで、ビールの横に水のグラスを並べる男性

医学の答えは今回も地味である。決勝の夜に向けて、5つだけ。

  • ビール1杯につき、水1杯。交互に飲む。尿酸は水で排泄される。トイレが近くなるのは、この夜ばかりは仕事のうち
  • 「プリン体ゼロ」を免罪符にしない。アルコールの総量こそが本体
  • つまみに乳製品をひと品。牛乳やヨーグルトは尿酸値を下げる方向に働くことが知られている、数少ない味方
  • 観戦明けの朝、走らない。脱水に運動が重なると、尿酸はさらに上がる。走るのは、水分と睡眠を返済してから
  • 足の親指が「あれ?」と言い出したら、我慢比べをしない。冷やして、足を心臓より高くして、酒は打ち止め。そして発作は早く治療を始めるほど軽く済むので、自己判断で数日粘らず、受診してほしい。市販の鎮痛薬で粘ってから来る方が多いけれど、あの粘りが、いちばん発作を長引かせる

これだけ。あとは、いい試合であることを祈るばかり。

僕はといえば、朝4時に起きて観るか、録画にして朝走ってから観るか、まだ決めかねている。両方やると睡眠の回(第4回)で書いたことを全部裏切ることになるので、どちらかにはする。どちらかには。

杯は、受ける。ただ、なみなみは、注がせない。しづかに飲む夜のほうが、試合はよく見える、というのが、たぶん今夜のいちばん実用的な観戦術である。

4コマ漫画:決勝観戦で乾杯→数日後の外来で「先生、足の親指が」→「決勝、観ましたね?」→「延長戦まで」

院長後記

書き終えてから白状しますが、僕はこの一ヶ月、準々決勝も準決勝も、しっかり朝4時に観ました。そのまま走りに出た朝もあります。診察室で「夜更かしはほどほどに」と言っている口で、です。医者のくせに、という声はセルフで受信しておきます。ただ、言い訳をひとつだけ許してもらえるなら、観戦の夜、僕のテーブルにあったのは麦茶でした。ビールがなかったのではなく、翌朝走りたかったからです。人は、禁止では動かないけれど、楽しみのためなら、わりあい素直に動く。処方箋に書けないことのほうが、たいてい効く──その、いつも患者さんに向かって言っている話を、まさか自分が観戦テーブルの上で実演していたとは。書いてみて、はじめて気がつきました。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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