第13回|8分間の日陰を、僕らは毎年、継ぎ足している。

アイキャッチ:午後の診察室。窓辺で、炎天下の試合が映るテレビを複雑な表情で見る医師

第13回|8分間の日陰を、僕らは毎年、継ぎ足している。

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


対策が緻密になるほど、その緻密さのぶんだけ、そこがどういう場所なのかが正確に描かれてしまう。手当ての厚みは、たいてい、傷の深さの写しである。

アイキャッチ:午後の診察室。窓辺で、炎天下の試合が映るテレビを複雑な表情で見る医師


昼の休憩に、つけっぱなしのテレビを片目で見ていた。画面の中で、高校生が白い土の上を全力で走っている。こちらは冷えた麦茶を飲みながら、汗の一滴もかかずに、それを眺めている。第108回の全国高校野球選手権は、この8月5日に開幕した。開幕日の予想最高気温は36度、猛暑日という予報つきで。

妙な気分になった。同じ国の、同じ日の、同じ時刻に、片方はエアコンの効いた部屋で氷を鳴らし、片方は炎天下で全力疾走している。しかもこちらは、その全力疾走を娯楽として受け取っている。うしろめたい、というのとも少し違う。ピントが合わないのだ。36度という数字を、僕らは職場では「危険」と読み、画面の中では「熱戦」と読む。同じ数字が、テレビのこちら側とあちら側で、まったく別の言語に翻訳されている。

……と、ここまで考えて、これは高校野球の話ではないな、と気づいた。この国が暑さをどう扱っているかの話だ。話がそれた、というより、そもそも入口を間違えていた。今日書きたいのは熱中症の解説ではなく、なぜ僕らは、いちばん暑い時期に、いちばん過酷なことを、伝統という名前のまま置き続けているのか、という、少々厄介なほうの話である。

目次

5回のあとの、8分間

まず、公平に事実を並べたい。高校野球の側が何もしていない、という話にはまったくならないからだ。

日本高等学校野球連盟が公開している大会の暑さ・健康対策の一覧を、上から順に読んでいくと、これが驚くほど細かい。

  • 5回終了後にクーリングタイム。前回大会から8分間。全員がベンチ裏の冷房の効いたスペースへ移り、サーモグラフィーで体温を測り、背番号を2枚配って着替え、手のひらや頸部を冷やし、アイススラリー、スポーツドリンク、経口補水液を摂る
  • ベンチ裏にはアイススラリー(シャーベット状に凍らせた飲料)と経口補水液を常備。理学療法士が、試合前と試合中に2〜3回、摂るよう促しにいく
  • 補食として、おにぎり、パン、ゼリータイプの栄養食品、100%果汁を全試合で用意
  • 理学療法士が12人前後、連日球場に詰める。試合前に既往症・睡眠・食事・体調のアンケートを取り、試合後は20分ほどかけてクーリングダウンを指導
  • 球場の敷地内に救護室。内科医2人と看護師二人、バックネット裏の本部には整形外科医1人と看護師一人
  • 暑さ指数(WBGT)と気温を、複数地点で定期的に測定
  • そして二部制。今大会は二部制の時間帯での開催が計10日に拡大され、一日4試合の日は、朝の部のあとに観客を入れ替えて、午後の部が午後1時半から3試合。開幕日にいたっては、午後4時から開会式、午後5時半から1試合だけ

医者の目で読むと、この目録はかなりまっとうだ。手のひらと頸部を冷やすのは、そこに太い血管が皮膚のすぐ下を走っていて、体の芯の熱を効率よく外へ持ち出せるから。アイススラリーは、氷が溶けるときに周囲から熱を奪う性質を使って、内側から深部体温を下げにいく方法。サーモグラフィーで測るのは、本人の申告を待たないため。ひとつずつ、理屈が通っている。読みながら、うちのクリニックの夏の備品より充実しているのでは、と一瞬思った(汗)。

問題は、この目録がまっとうであればあるほど、別のことが証明されてしまうという点にある。

8分間の冷房と、背番号2枚の着替えと、シャーベット状の飲み物と、12人の理学療法士。ここまで用意しなければ人間が安全に運動できない場所とは、そもそもどういう場所なのか。気候変動という、地球規模の大きすぎる名詞が、ベンチ裏の8分間と、着替え用の背番号2枚に着地している。守るための工夫が増えていくのは、そこが守りにくくなっていることの、いちばん正直な証拠でもある。

増えたのは対策で、減らなかったのは気温

炎天下のグラウンド。ベンチの日陰で首を冷やす球児たち。陽炎が立つ

対策は毎年きめ細かくなり、季節のほうは毎年、きめ細かさを増した暑さで返してくる。

今年の地方大会は、全国で3314試合。愛知大会では当日の気温が38度、奈良大会では36度。奈良では片方のベンチにだけ直射日光が当たり続けて、選手の体調不良が相次いだ。三重では、準々決勝の開始時刻を当日になって動かしている。理由は「気温が非常に高く、熱中症の危険性が高いことが予想されるため」。NHKの報道では、ベンチに簡易型のクーラーを置いたり、来場者に冷たいタオルを配ったりという工夫が、地方大会の現場で進んでいるという。

現場は動いている。動いているどころか、いちばん必死に動いているのは、たぶん現場だ。ただ、その必死さは全部、「その日その場をどう乗り切るか」の側に向いている。日程そのもの、季節そのものには、手が届いていない。

……いや、届いていないのではなく、届かせないことになっている、と書いたほうが正確かもしれない。

なぜ、時期のほうは動かないのか

ここ数年、議論の中心にいるのは7イニング制である。9回を7回に縮めれば、暑さの中にいる時間も、投げる球数も減る。

日本経済新聞の報道によれば、高野連の「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」は、選抜大会が第100回を迎える2028年から全ての公式戦で、夏の選手権については可及的速やかに7イニング制を採用することが望ましい、と提言した。ところが理事会は結論を出さず、継続審議になった。加盟校へのアンケートでは、7割が反対。理由として多かったのは「選手の出場機会が減る」だという。

この反対理由が、僕にはとても人間的に見える。安全を最優先だと言い切れないのは、彼らが選手のことを考えていないからではなく、選手の3年間のことを考えているからだ。打席が減る。投げる回が減る。3年生の最後の夏が、2イニング分だけ短くなる。数字にしやすいものを守ろうとする人と、数字にしにくいものを守ろうとする人が、同じ机で別のものを守っている。どちらも、守っているのだ。

そして、もっと根元をつつく指摘もある。JBpressの記事は、甲子園のドーム化も現実的ではなく、主催者は「夏」「甲子園」という両軸を譲るつもりがなさそうだ、と指摘していた。スポーツライターの小中翔太さんは、7回制よりもむしろ「夏休みに」「甲子園で」という前提のほうを見直すべきではないか、複数の会場を使えば午前と夕方に分散して開催できるのではないか、と書いている。

議論は、2イニングを削るかどうかの手前で、何を動かせないことにしているのか、という一点に突き当たっている。夏休み。甲子園。8月。この三つは、誰かが今年決めた制度というより、いつのまにか動かせない前提として床に据えられた家具みたいなものになっていて、模様替えの相談をするたび、まずその家具を避けて動線を引き直すことになる。

伝統という言葉の、扱いにくさ

伝統というのは、たちの悪い言葉だと思う。悪いことをしているわけでもないのに、とにかく扱いにくい。

第一の理由。伝統は自分では歩かない。誰かに担がれて動く。担ぐ側は毎年入れ替わるのに、担がれている側だけが同じ顔をしている。第一回は1915年、豊中のグラウンドで始まった。球場が甲子園になったのは、そのあとの話。今年で第百八回。同じ名前の大会が、百年を越えて、同じ8月に立っている。中身のほうだけが、年々別の物になっている。 1915年の八月と2026年の8月は、暦の上では同じ場所にあるのに、温度計の上ではもう別の季節だ。

第二の理由。伝統は重いのに、担いでいる本人には、あまり重さが伝わらない。長く肩に乗っている荷物とは、そういうものである。降ろしてみて肩が軽くなって、ああ重かったのか、と初めてわかる。

こう書くと伝統をやめろという話に聞こえるかもしれないが、そうではない。夏に、甲子園で、というあの型があるから、あの3年間があの熱を持つ。型を外せば安全にはなるが、外したぶん何かが薄くなるのも、たぶん本当だ。安全か伝統か、という二択に組んだ瞬間、議論はいちばんつまらない場所に着地する。

陸上の為末大さんは、百メートルで世界と戦うことを断念して四百メートルハードルに移り、そこで世界の舞台に立った人だ。その選択を、本人は逃げではなく、勝てる場所の選び直しとして語っている。種目を替えることと、競技をやめることは、まるで違う。夏の甲子園をめぐる議論に足りないのは、この「替える」と「やめる」を分けて話す語彙のほうではないか。時期を動かすことも、会場を増やすことも、回数を削ることも、やめることの一種ではなく、続けるための持ち替えとして置き直してみると、話の温度が少しだけ下がる。

甲子園だけの話ではない、という当たり前

ここまで甲子園を書いてきたけれど、これは、いちばん有名な例をひとつ取り上げただけの話だ。

真夏の運動会。真夏の部活。真夏の現場仕事。真夏の通勤。そして、真夏の、エアコンをつけない居間。この国には「暑さは根性で乗り切るもの」という文化が、まだ半分だけ残っている。全部残っているわけではない。半分だ。そこがややこしい。

半分は、確かに動いた。小学校の運動会は、秋から春へずいぶん移った。半日開催も増えた。職場のほうは、もっとはっきり動いている。2025年6月1日から、改正された労働安全衛生規則が施行され、職場の熱中症対策は努力義務ではなく法的義務になった。暑さ指数(WBGT)28度以上、または気温31度以上の環境で、連続1時間以上または一日4時間を超えて行われる見込みの作業が対象。事業者は、体調不良を報告するための体制と担当者をあらかじめ決めて周知し、作業からの離脱・身体の冷却・受診までの手順と、緊急連絡網や搬送先を定めて周知しなければならない。

この条文を初めて読んだとき、正直、少し感心した。義務づけられているのが「気合いを入れること」ではなく、「誰に言えばいいかを、先に決めておくこと」だからである。暑さに強くなれ、ではない。倒れる前に声を上げられる回路を、あらかじめ配線しておけ、という設計。これは医学的に、かなり正しい。理由は次の章で書く。

一方で、残りの半分は動いていない。「今日は暑いから休みましょう」と最初に言った人が、なんとなく弱い側に見えてしまう空気は、職場にも、部室にも、家庭の居間にも、まだ普通にある。制度は走れるが、空気は歩いてしか動かない。規則は一日で変えられて、根性論には一世代かかる、というのが、この夏に僕が眺めている風景だ。

身体は、限界の手前まで、けっこう平気な顔をしている

ここから、医者としての話を少しだけ。ただし「水分をこまめに」は第8回で書いたので、今日は別の角度から書く。

暑さの中で身体に起きることで、いちばん厄介なのは、汗でも脱水でもない。判断が鈍ること自体が、熱中症の症状に含まれているという点だ。

深部体温が上がると、脳は真っ先に効率を落とす。集中が切れる、返事が一拍遅れる、同じことを二度聞く、機嫌が悪くなる。本人の主観では「ちょっと暑くてだるいだけ」なのだが、外から見ている人には、判断の解像度が落ちているのがわかる。そしてここに、この症状のいちばん厄介な折り返しがある。「もうやめておこう」と決める係が、まさにその瞬間、いちばん先に働きを落としている。止まるかどうかを決める人が、いちばん早く酔っている。

体操の内村航平さんが引退の会見で、痛いところを気持ちでカバーできていたのに、それがカバーできなくなった、という趣旨のことを話していた。あの言葉が僕の中に残っているのは、引退の話としてよりも、気持ちでカバーできてしまう時間帯があるという一点のほうだ。若くて、鍛えていて、その日のために3年間を積んできた人ほど、その時間帯は長い。長いというのは丈夫ということでもあるが、同時に、限界の手前で灯るはずの警告灯が、他人より暗いということでもある。

だから暑い日の運動でいちばん危ういのは、体力のない人とはかぎらない。走れてしまう人。続けられてしまう人。周りに迷惑をかけたくない人。この三つが揃うと、身体は驚くほど持ちこたえる。そして持ちこたえたあと、線を越えるときは、たいてい段階を踏んでくれない。

季節の話も添えておく。人間の身体は暑さに慣れる。暑熱順化といって、数日から2週間程度かけて、発汗量と皮膚血流量が増え、熱を逃がしやすい身体になっていく。ただし、これはゆっくり暑くなってくれた場合の話だ。梅雨が明けた翌週にいきなり38度が来るような年は、身体の側の下ごしらえが間に合わない。同じ38度でも、8月下旬の38度と、7月中旬の38度は、身体にとっては別の38度である。

気づく係を、本人以外に置いておく

ここまでを一行に畳むと、こうなる。暑さの中で「大丈夫です」と言った人の「大丈夫」は、医学的な情報としては、かなり弱い。

だから守り方の設計は、本人の自己申告に頼らない形にしておくのが正しい。高野連が、5回のあとに全員を強制的に冷房下へ移し、サーモグラフィーで測り、理学療法士のほうから水を飲めと言いに行く、というやり方を採っているのは、この点で筋が通っている。根性の量を測るのをやめて、時間と人と温度計の側で守る。 職場の新しい規則が、精神論ではなく連絡体制の整備から始まっているのも、まったく同じ思想だ。

そして、これは球場や工事現場だけの話ではない。総務省消防庁の集計をもとにした報道によると、今年7月13日から十九日の1週間で、熱中症で救急搬送された人は全国で一万857人。今年初めて一万人を超えた。そして発生場所でいちばん多いのは「住居」で、搬送された人の半数以上が六十五歳以上だという。

炎天下の球場には、理学療法士が12人と、内科医が二人と、8分間の冷房と、複数地点の温度計がある。誰も見ていないのは、閉め切った居間のほうだ。テレビの中の高校生を心配しながら、同じ家の隣の部屋で、誰にも測られていない体温が静かに上がっていく。この非対称が、たぶん、この国の夏のいちばん静かな問題である。

走る側の自己判断、という危うい言葉

自分の話も書いておく。

僕は毎日十から十五キロ走る人間で、この季節も走ることをやめてはいない。ただし夏は、時間を全部朝の暗いうちに寄せて、距離を落とし、ペースを落とし、コースを日陰と水飲み場のある側に組み替えている。それを自己管理と呼びたい気持ちはあるのだが、正直に書くと、自己判断というのは、そんなに信用できる道具ではない

なにしろ、さっき書いたとおり、判断する係のほうが先に鈍る。走り出して30分の自分は、走り出す前の自分より、確実に判断が甘い。「今日はもう一周いける」と感じるときの根拠は、たいていその場で調達されている。だから僕は、走る前に決めておくことにしている。何時に出て、どこで折り返して、何度以上なら中止か。決めるのは涼しい部屋にいる自分の役目で、走っている最中の自分には、その権限を渡さない。渡すと、だいたい距離が延びる(笑)。

外来でも同じことを言う。運動しましょう、と言った次の一文に、この季節は必ず「ただし時間と条件を先に決めてください」を足す。糖尿病で薬を使っている方なら、そこに低血糖の相談も乗ってくる。当院は糖尿病の保険診療が土台のクリニックなので、夏のだるさも、血糖の乱れ方も、同じ診察の中でまとめて追える。「なんとなく調子が出ない」を、季節のせいと決めつけずに一度並べてみる、というのは、案外いい使い方だと思っている。

そういえば、歩き方の話を書いた第7回でも、真夏の日中だけは別、と一行だけ添えていた。あのころはまだ、夏を少し先の話として書けていた。今はもう、その真ん中にいる。

4コマ漫画(縦・上から下へ):①炎天下で汗を拭く父親「今日も、朝から36度。」②父「俺らの頃は、水も飲めなかったよ」③医師3人が並び「その根性で、身体は冷えないんです」④木陰のベンチで「日陰は、根性では作れない。」

見ている側にできること、いくつか

医者として、格好はよくないが実務的なことを置いておく。選手にも、部活の子どもにも、現場で働く人にも、そして自分の家の居間にも、そのまま使える。

  • 「大丈夫です」を、判定結果として受け取らない。 暑さの中では、その一言の信頼度が落ちる。判定を下すのは、外から見ている側の役目
  • 止める役を、先に決めておく。 誰が言うかを決めておかないと、その場では誰も言い出さない。職場の新しい規則が体制の整備から始まっているのは、そういう理由だ
  • 冷やすなら、首・脇・そして手のひら。 手のひらは太い血管が皮膚の近くを通っていて、体の芯の熱を運び出しやすい。氷水に手をつけるだけでも違う
  • 屋内でも同じ。 搬送がいちばん多い場所は住居である。「今日は出かけないから平気」が、いちばん危ない前提になる
  • 返事がおかしい、まっすぐ歩けない、汗が急に止まった。 ここまで来たら、水を飲ませるより先に救急車を呼ぶ場面。迷ったら呼んでいい

五つとも、驚きが一つもない。驚きのない項目ばかり並ぶのは、この分野では、驚かせないほうの手が効くからだ。

来年の8月のこと

夕方、外来を終えてテレビをつけると、まだ試合をしていた。8分間の冷房から出てきた高校生が、また白い土の上へ戻っていく。よくできた設計だと思う。同時に、よくできた設計が毎年少しずつ厚くなっていくことの意味も、たぶん、みんな薄々わかっている。

来年の八月がどうなるのかは知らない。七回になるのか、九回のままなのか、会場が増えるのか、開会式がもっと日没に寄っていくのか。ただ、どこへ落ち着くにせよ、動かせない前提のほうを一度床から持ち上げてみるという作業は、そのうち誰かがやることになる気がしている。持ち上げてみて、やっぱり重いね、と言って元に戻すのでも、それはそれでいい。持ち上げないまま日陰だけを継ぎ足していくよりは。

麦茶の氷が、コップの中で崩れる音がした。

試合の後の無人のグラウンド。ベンチに濡れたタオルと空のボトル、氷の入ったクーラーボックス



この原稿は、最初から最後まで、エアコンの効いた部屋で書きました。そこを書いておかないと、たぶんこの文章はどこかずるい。36度の中で走る人のことを、26度の中で心配して、途中で麦茶をおかわりしています(汗)。走る側の判断は当てにならない、と偉そうに書きましたが、涼しい側の判断がいつも正しいわけでもない。涼しい側は、暑さの見積もりを、必ず低いほうへ間違えるからです。来週、朝のランのあとに一度だけ、日が高くなってから外に立ってみようかと考えています。——いや、それを思いつく時点で、すでに判断が甘い側の人間なのかもしれません。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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