第17回|アジアでいちばん強い身体たちが、今夜も港で眠っている。

アイキャッチ:開会式翌朝のリビング。ぼんやり光るテレビの前でマグを手にする筆者

第17回|アジアでいちばん強い身体たちが、今夜も港で眠っている。

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


号砲は競技場で鳴る。ただ、勝負の半分は、前の晩の枕の上と、朝の食堂の列で、もう仕込まれている。

アイキャッチ:開会式翌朝のリビング。ぼんやり光るテレビの前でマグを手にする筆者

正直に書くと、今朝は少し眠い。ゆうべ、アジア大会の開会式を、つい最後まで見てしまった。名古屋の瑞穂の競技場に聖火が入って、45の国と地域の選手団が、それぞれの旗のあとについて歩いてくる。日本で夏のアジア大会が開かれるのは1994年の広島以来、32年ぶり。先週のこの場所で「大会の話は、始まってから書く」と予告した手前もあって、録画ではなく生で見届けた。見ながら、夕食の残りの枝豆を行儀悪くつまんでいたのだから、こちらの身体は早くも観戦仕様である(汗)。

入場行進というのは、考えてみれば不思議な映像だ。ユニフォームも歩き方も国ごとにばらばらなのに、歩いている全員が、ひとつだけ同じものを持っている。身体である。それも、それぞれの国でいちばん仕上がった身体。画面の中を、45か国ぶんの「その国いちばん」が、ぞろぞろと通り過ぎていく。壮観というより、ちょっとした人体の博覧会だ。

——で、白状すると、僕はあの行進を眺めながら、競技のことをほとんど考えていなかった。考えていたのは、この人たちが今夜どこで眠るのか、である。開会式の感想がそれか、と我ながら呆れもするのだが、これでも理屈のある職業病でして。今日はその話を書きたい。この大会のいちばん面白い読みどころは、競技場の中ではなく、名古屋港の岸壁に浮かんでいる。

目次

まず日程とスケジュールの整理——9月19日に開幕して、10月4日まで

型どおりの話を先に済ませておく。アジア競技大会・愛知名古屋2026は、昨日9月19日に開幕して、10月4日の閉会式まで16日間つづく。競技は43、種目は469。カバディやセパタクローのような、この大会でしか見られない競技が入ってくるのがアジア大会の味で、種目の数だけならオリンピックより賑やかだ。聖火は東京と広島で採火されて、8月22日から愛知県内40の自治体を回ってから、ゆうべ瑞穂に着いた。ひと月かけて夏を歩いてきた火、ということになる。

日本選手団は選手だけで900人を超えて、過去最多だという。前回の杭州が772人、32年前の広島が678人だったというから、この32年で200人以上も膨らんだ計算になる。放送はTBS系。国内開催だから、当然ながら時差はない。W杯のときに朝4時へ目覚ましを合わせていた身としては、夕食どきにゴールデンで国際大会が流れてくるというだけで、どこか調子が狂う。ありがたいのに、落ち着かない。身体が「国際大会=寝不足」で覚えてしまっているのだ。チケットは夏から一般販売が続いていて、競技別のスケジュールも販売状況も、公式サイトを見るのがいちばん早い。

——と、ここまでは新聞のスポーツ面の仕事。ここから先が、内科の外来の仕事だ。

この大会いちばんの発明は、競技場ではなく港にある

夜明けの港。白いクルーズ船と、岸壁に並ぶコンテナの宿

この大会には、選手村がない。正確に言うと、新しく建てていない。

当初の計画では、名古屋競馬場の移転した跡地に選手村を整備するはずだった。それが資材の高騰で取り止めになって、既存のホテルに加え、名古屋港が宿になった。金城ふ頭には、イタリア生まれのクルーズ船コスタ・セレーナが横づけされている。全長約290メートル、総トン数約11万4000トン、客室はおよそ1500室。9月15日から10月6日までの22日間停泊して、延べ約4000人の選手団がここで寝起きする。船の中にはジムがあり、あわせて約2500席のダイニングホールが3か所ある。クルーズ船をまるごと選手村にするのは、大きな国際大会では初めてのことだそうだ。

隣のガーデンふ頭には、コンテナ型の移動式宿泊施設が200棟並ぶ。1棟は約70平方メートルのコの字型で、中は2ユニット、1ユニットにベッドが4台。三重ガラスの窓で室温を保ちやすい造りになっていて、アジア大会では約2000人がここに泊まる。視察したアスリート委員会の谷本歩実さん——柔道で金メダルを2つ獲った人だ——は「大会の新たな提案」と評したという。残りの選手団は、県内のホテルへ分散する。

港に浮かんだ白い巨体は、空の青にも、海の青にも染まらずに、ただそこに浮かんでいる。ひと目で覚えてしまう白である。一羽きりで漂う孤独な白なら歌にもなるが、こちらは1500室が埋まった大所帯の白だ。それでも、青い水の上にぽつんと白いものが浮かんで、周りの色に染まらずにそこにいる、という図の静けさはどこか通じている。中で眠っているのが、アジアでいちばん速い脚と、いちばん強い肩だというのだから、あの岸壁は今、日本でいちばん贅沢な水辺である。

3700億円の話を、素通りするわけにもいかない

宿の話の手前には、当然、お金の話がある。書かずに通り過ぎるのは公平でないので、数字だけ置いておく。

大会の経費は、関連経費まで含めた総額で約3700億円。招致したときの想定から3.5倍以上にふくらんだ。理由として挙がっているのは、資材や人件費の高騰だ。一方で、愛知県と名古屋市は、招致決定から大会10年後までの20年間で経済波及効果を県内1兆8177億円、全国で3兆6831億円と試算している。かかったものも大きく、見込むものも大きい。この差し引きがどう着地するかは、大会が終わって、もっと言えば10年経ってみないと分からない。採点は経済の専門家と、愛知の納税者の仕事だ。

僕がここで書けるのは、ひとつだけ。選手村を建てない、という判断は、この費用の膨張のまっただ中から出てきた工夫だった、ということだ。四角い村を建てて壊す代わりに、船を借りて、動かせる箱を並べた。苦肉の策と呼ぶのは簡単だけれど、派手な妙手より、ありものの平凡な一手のほうが、結局は堅い。32年ぶりの大会のいちばんの新機軸が「借りてきた船」だというのは、僕には案外、この国の身の丈に合った妙手に見える。

——お金の勘定はここまでにして、僕の持ち場に戻る。岸壁の上の、身体の話である。

勝負の土台は、寝る場所と、食堂の列でできている

選手村と聞くと、華やかな交流の場を思い浮かべる人が多いと思うのだが、機能だけ取り出すと、あれは巨大な三点セットだ。眠る場所、食べる場所、身体を整える場所。船の設備の内訳——1500の船室、3か所の食堂、ジム——が、そのままこの三点をなぞっている。

考えてみてほしい。469種目の決勝は、どれも数分から数時間で終わる。けれど選手は、その数分のために16日間、毎晩どこかで眠り、毎日3回どこかで食べる。競技時間の合計より、寝ている時間の合計のほうが、はるかに長い。速く走る技術、高く跳ぶ技術、そして、よく眠りよく食べる技術。三つ目だけ地味だが、三つ目が崩れると前の二つは出てこない。トレーニングで傷んだ筋肉が修復されるのは眠っている時間だし、使い切った燃料——筋肉と肝臓のグリコーゲン——を積み直すのは食堂の仕事だ。回復というのは、根性ではなく、寝床と皿の上の段取りで進んでいく。だから一流の選手団ほど、遠征に栄養士と、ときに枕まで連れて行く。

その意味で、あの白い船はよくできている。ベッドがあり、2500席の食堂があり、ジムがあり、しかも全部が徒歩数分の距離に畳み込まれている。45か国の「その国いちばん」の身体が、ベッド4台のユニットと1500の船室に等分に収まって、同じ夜の同じ波の上で眠る。メダルの色の予想は新聞に任せるとして、眠りの深さに国境はない。号砲の10時間前、勝負はもう枕の上で始まっている——冒頭にそう書いたのは、比喩のようでいて、生理学としてはかなり文字どおりの話なのだ。

枕が変わると、脚も変わる

ここからは、走る人間としての実感を書く。僕は毎日10キロから15キロ走る。雨でも走るし、学会で泊まりが入っても、朝のうちに知らない街を走る。それで毎回思い知るのは、寝床が変わった翌朝の脚は、はっきり別物だ、ということだ。

枕の高さが違う。部屋の乾き方が違う。空調の音が違う。どれも些細なことなのに、夜中に一度目が覚めて、朝の最初の1キロが妙に重い。タイムにすれば誤差でも、身体のほうは正直に覚えている。身体が納得しているかどうかは、頭で考えるより先に、朝の最初の1キロのほうに出るのだ。ホテルの朝食会場で、いつもの朝と違う皿を前につい欲張ったぶんが、その日の後半にじわりと効いてくることもある。国際大会の選手たちは、この「寝床と皿が変わる」を、国境を越えた移動と時差ごと引き受けて、そのうえで自己ベストを出せと言われているわけで、厚かましい比較なのは百も承知だが、市民ランナーの端くれとしては、ただただ頭が下がる。

眠りの浅い夜の翌朝は、血糖の目覚めも悪い。このあたりの理屈は梅雨と睡眠の回に書いたので繰り返さないが、たった一晩の寝不足でも、身体の燃費は思っている以上に変わる。選手村の本体がベッドと食堂だというのは、つまりそういうことだ。そしてこの理屈は、船の上の900人にも、ソファの上のあなたにも、同じ顔で当てはまる。

ソファの上にも、選手村はある

ここで、観る側の話をしたい。この16日間、大会に参加するのは選手だけではない。テレビの前の僕らの身体も、ちゃっかり参加している。

時差のない国際大会は、健全なようでいて、別の罠を持っている。時差がないぶん、中継は夕方から夜に集中する。夜の中継が終わると、ハイライト番組がある。ハイライトを見終えると、スマホの中に、名場面の切り抜きが何時にでも待っている。かくして、時差のない大会で、僕らは時差ボケを自作する。16日間、毎晩30分ずつ夜更かしを積み立てると、閉会式のころには身体の時計がしっかり後ろへずれていて、10月の最初の月曜日に、その請求が届く。睡眠というのは、削っているあいだは静かで、取り立てに来るときだけ騒がしい。9月の夜は間食の季節でもある。枝豆で観戦仕様になっていた僕が言うのだから、これは説教ではなく、同じ穴の実況である(笑)。

だから、こう考えてみてはどうかと思う。選手に選手村があるように、観る側にも宿と食堂がある。あなたの寝室と台所だ。16日間、寝る時刻だけ動かさない。観戦のお供は袋ごと抱えず、皿に盛った分で終える。それだけで、あなたの家は、あなたという一人選手団のかなり優秀な選手村になる。船のダイニングホールに栄養士が立つのと、台所で皿に盛ってから座るのは、規模が違うだけで同じ設計思想である。

チケットを取って現地で観る人は、もうひとつだけ。9月下旬の名古屋は、暦の上の秋とはまだ他人である。日なたの観客席は夏の続きと思って、水と帽子を持っていってほしい。暑さの中で「大丈夫」という自己申告がどれくらい当てにならないかは、甲子園の回に書いたとおりだ。観客席にはクーリングタイムがない。自分の5回裏は、自分で作るしかない。

注目の選手も置いておく。レスリングの藤波朱理選手、スポーツクライミングの安楽宙斗選手、そしてソフトボールの後藤希友選手は名古屋の生まれで、地元でこの大会を迎える気分は、よそ者には想像もつかない。誰の何を観るかを先に決めておくのは、実は夜更かし対策としても優秀だ。目当てを観たら、消す。全部を追う祭りは、たいてい身体のほうが先に脱落する。

感化された人のための、短い看板の話

国際大会の年は、外来の空気が少しだけ変わる。画面の中の身体に感化されて、「先生、僕も何か始めようと思って」という相談が増えるのだ。あの前向きの追い風は本物なので、ぜひ乗ってほしい。ただ、順番だけは間違えないでほしい。何年ぶりかに走り出す前に、いまの自分の数値を一度並べて見ること。うちは糖尿病の保険診療が土台のクリニックで、採血も食事の相談も運動の相談も、保険の枠内でたいてい足りる。体重そのものを大きく動かす必要がある人のために、自費のGLP-1という道も一本置いてあるが、それは追い風の話ではなく、地図を広げてからの話だ。——うちの看板の話は、ここまで。テレビの中では、もう今日の種目の入場が始まっている。

4コマ漫画(縦・上から下へ):①開会式をテレビで観る「32年ぶりの、国内開催。」②「勝負の半分は、前の晩に決まってます」③夜の港の船とコンテナ「いちばん強い身体が、港で眠っている。」④枕を整えて「セルフ選手村、今夜も開村。」

観戦16日間の、地味な5つ

  • 寝る時刻を、閉会式まで動かさない。 中継が延びたら録画に切り替える。翌朝のあなたの種目——通勤と仕事——は、毎日決勝である
  • ハイライトは、夜ではなく翌朝に回す。 同じ映像でも、朝のコーヒーの隣で見れば夜更かしはゼロになる。結果を知らずに眠る夜は、案外ぐっすり眠れる
  • 観戦のお供は、皿に盛ってから座る。 袋のまま抱えると、終わりの合図が「袋が空になったとき」になってしまう。皿なら、終わりはこちらが決められる
  • 1日ひとつ、知らない競技を観る。 カバディでもセパタクローでもいい。ルールを調べているあいだ、手は口に運ばれない。知的な間食である
  • 現地組は、水と帽子と、帰りの歩数。 会場までの往復で、その日はたぶん1万歩を超える。観戦は、実は立派な運動の日でもある

5つとも、船の上で選手がやっていることの、縮小コピーにすぎない。眠る、食べる、整える。向こうはメダルのため、こちらは10月の健診のため。目的の高さは違っても、土台の作りは同じである。

錨が上がる日まで

10月4日の夜に閉会式が終わると、聖火は消え、選手団は帰っていく。そして10月6日、コスタ・セレーナは任務を終えて錨を上げる。コンテナの宿も、いずれ撤去されて、ガーデンふ頭はまた元の顔に戻る。四角い選手村を建てた大会なら、あとに建物が残る。この大会は、あとに何も残らない。白い船が去った岸壁と、動かせる箱が並んでいた空き地が残るだけだ。

それを寂しいと読むか、潔いと読むかは、人による。僕は後者で読みたい。祭りの証拠を建物に残す時代から、祭りのあいだだけ借りて、終わったら返す時代へ。32年ぶりの大会が持ち込んだいちばんの新機軸は、競技の記録より、この宿の哲学かもしれないと思っている。次に日本でこの大会を観られるのがいつになるのか、誰も知らない。32年後だとすれば、そのとき僕は白衣を着ているかどうかも怪しい。だから今回の16日間は、僕にとってもたぶん一度きりの観戦である。

残るものが、ひとつだけある。観た側の身体の16日間だ。毎晩何時に眠って、何を食べて、どれだけ歩いたか。船が去ったあと、それだけが、こちらの岸に残る。月曜の朝、外来の窓から空を見ながら、僕は16日ぶんの自分の記録のことを、少しだけ考えている。

整えられたベッドと枕。ベッドサイドに水のグラスと伏せたスマホ



開会式の翌朝なので、選手の一日に敬意を表して、自分の平日を時刻表にしてみました。朝、暗いうちに起きて走る。戻って朝食、シャワー、外来。昼は短く食べて、午後の外来。夜は事務仕事と本を数ページで、日付が変わる前に寝る——書き出してみて、拍子抜けしました。骨組みだけなら4行で終わるのです。起きる、食べる、動く、眠る。船の上の選手団の一日も、骨組みは同じ4行のはずで、違うのは4行それぞれの精度だけ。向こうは4行を突き詰めてメダルを狙い、こちらは4行のあいだに枝豆を挟んで観戦している。この16日間、せめて4行の輪郭くらいは崩さずにいられるか、閉会式の夜に採点するつもりです。採点結果をここに書くとは、まだ約束していません。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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