第21回|痩せる速さが拍手される秋に、身体は「今日、食べた?」とだけ聞いてくる。

アイキャッチ:秋の朝の川沿い。走り終えて呼吸を整えながら、手首の時計に目を落とす筆者

第21回|痩せる速さが拍手される秋に、身体は「今日、食べた?」とだけ聞いてくる。

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


減った数字は、その晩のうちに人に見せられる。食べられなかった三日間は、本人の身体の中にしか記録が残らない。

アイキャッチ:秋の朝の川沿い。走り終えて呼吸を整えながら、手首の時計に目を落とす筆者

今日、10月18日の朝は、東京レガシーハーフマラソンの日だ。国立競技場を出て、国立競技場に帰ってくる、21.0975キロ。大会の要項では、第1ウェーブのスタートが8時5分、定員は1万8千人。この文章が出る9時には、先頭のほうはもう後半の坂をこなしているころだろう。

毎朝10キロから15キロを走っていると、ハーフの距離を人がどう配分して走るのかは、だいたい身体でわかる。いちばん多い失敗も、たぶん知っている。スタートの号砲と沿道の声に背中を押されて、最初の5キロを自分の実力より速く入ってしまうやつだ。前半に作ったつもりの貯金は、後半、利息つきの借金に化けている。脚が止まるのは、たいてい、急いだ地点からかなり離れたところで、本人はもう、どこで急いだのかを覚えていない。

走る人間なら、たいてい一度はやる失敗で、毎朝走っている僕にも、身に覚えがないとは言えない。わかっていても、号砲の代わりに玄関のドアが閉まる音だけで、脚は勝手に速くなる(汗)。

──と、ペース配分の講釈をしたかったわけではない。ペースという言葉を、この秋は走る場所とはまったく別のところで、何度も見かけた。体重の話の中で、だ。

目次

マンジャロのダイエット使用に、学会が声明を出した秋

10月3日、宇都宮で開かれた学術集会で、日本肥満学会が声明を出した。糖尿病の治療薬マンジャロなどを、急激な減量や過度な食事制限のために使うべきではない、という内容だ。

報道によれば、声明が名指ししているのは、GLP-1受容体作動薬と呼ばれる薬の仲間で、マンジャロもそこに入る。こうした薬が、本来の病気の治療ではない、適応外の減量目的で使われる例が増えている。そのうえで、過度な食事制限をしながら使うのは絶対に避けてほしい、と強い言葉で呼びかけた。薬の使用に、行きすぎた食事制限や、嘔吐による摂取不足が重なると、身体の中でケトン体という物質が増えすぎることがある。そうなると吐き気や腹痛、だるさが出て、ひどければ意識がもうろうとしたり息苦しくなったりと、命にかかわる。そして最近、肥満症でも糖尿病でもない人に、そうした健康被害が報告されるようになった、と。

学会の名前で、ここまではっきり書くのは、それなりに珍しい。学会の声明というのは、ふつうはもっと角の取れた文章で届く。角を取りきれなかった、ということ自体が、ひとつの温度計なのだと僕は読んだ。

マンジャロは、GIPとGLP-1という二つの腸のホルモンの働きをまねる注射薬で、承認されている効能は2型糖尿病だ。同じ成分のチルゼパチドは、一定の条件を満たす肥満症に対して、ゼップバウンドという名前でも承認されている。どちらも、医師が病気を診断したうえで使う薬だ。画面の中では、薬の名前だけが先に広まる。診察室では、その前に病名を確かめる。僕は、その順番の側で仕事をしている。

「1か月で5キロ」が拍手される画面の中で

春には「打ちな?」が流れていた。同じ薬の名前を、6月には注意喚起の文章で読むことになった。

5月の終わり、ネットの動画番組で、出演者が「打ちな?」とマンジャロをすすめ、1か月で5キロ痩せたと語る場面が話題になった。発言は燃え広がり、本人は謝罪して、インフルエンサーとしての活動を休んだ。誰が言ったかを、ここで書くつもりはない。燃えたのは一人の発言でも、燃料になったのは、ずっと前から画面の中に積まれていた空気のほうだからだ。

6月には、マンジャロの製造販売元である日本イーライリリーが、美容や痩身目的での使用に注意を呼びかける声明を出した。承認された効能は2型糖尿病で、美容・痩身目的での有効性と安全性は確かめられていない。許可のない個人間の販売や転売は薬機法に違反する、とも注意している。その数日後の6月16日には、厚生労働省が医療機関に、適正使用の徹底を求めた。そして10月、学会の声明である。

画面の中では、減量は「速さ」で採点される。1か月で何キロ、2週間で何キロ。ビフォーとアフターの二枚の写真のあいだに、何があったかは写らない。写らないのだから、採点のしようもない。速さだけが、見える。

速さのほうは誰でも欲しがるのに、遅いまま止まらないほうの才能は、なかなか欲しがってもらえない。これは減量に限った話ではなくて、たぶん人間の性分の話なのだと思う。医者が人間の性分まで語りだすと、たいてい診察時間が押す。気をつける。

速く落とす技術そのものが、悪いわけではない。プロボクサーの計量の話は、第18回に書いた(第18回・身体は一晩かけて、53.5kgから自分の重さへ帰ってくる。)。トップ選手には、減量と計量後の回復を、チームで計画する例がある。落とす日と、戻す日と、闘う日が、最初から一枚の計画表に書いてある。画面の中の「1か月で5キロ」には、落とすところまでしか書いていない。

インスタントで仕上がるものは、この十年で本当に増えた。ただ、身体の側の段取りだけは、まだ湯を注いで三分、というわけにはいかない。

期限つきのダイエットは、なぜ急ぎ足になるのか

外来で減量の相談を受けていると、話の頭に日付がつくことが多い。何月の健診までに。結婚式までに。夏までに。日付のついた減量は、それだけで少し急ぎ足になる。締切から逆算すると、1か月あたりのノルマが、どうしても身体の都合より大きく出てしまうからだ。

夏の「水着までに」が過ぎると、秋は秋で、次の締切が並びはじめる。年末の集まり、年明けの写真、春の健診。カレンダーというのは、減量の締切を配る係として、じつに働き者である。

画面の中の「1か月で5キロ」は、たぶん、この締切の文化といちばん相性がいい。1か月という単位は、給料日から給料日まで、サブスクの更新から更新までと同じ長さで、人の暮らしの物差しにぴったり収まる。収まりがよすぎて、身体の物差しとずれていることに、なかなか気づけない。

夏のボーナスの回に、診察室で「先生、これ試したいんですが」が増える話を書いた(第5回・夏ボーナス104万円、と、診察室で増える「先生、これ試したいんですが」。)。あのとき並んでいたのは、お金と期待だった。この秋、そこへ締切が加わった。お金と期待と締切。三つがそろうと、人はたいてい、身体に相談する前に、カレンダーに相談してしまう。

夜のソファで、同じ人物の体型を左右に並べた投稿をスマートフォンで眺める40代の男性

自費でGLP-1を出している医者が、この声明をどう読んだか

ここは、先に書いておかないと座りが悪い。当院の診療の土台は糖尿病の保険診療で、その一方で、自由診療のGLP-1による治療も行っている。つまり僕は、声明の外から眺めている評論家ではなく、声明が向いている現場の側にいる。

声明を読んで、まず思い出したのは、「今月は何キロ減りました?」と聞く自分の声だった(涙)。ただ、読み終えて残ったのは、「薬を使うな」という話ではなかった。「食べられているかを見ずに、体重の数字だけを見るな」という話だった。

外来で体重を量ると、どうしても先に数字の話をしてしまう。先月より何キロ、というのは、本人にも医者にも、いちばんわかりやすい成果に見えるからだ。「2キロ減りました」と聞くと、僕も先にうなずきそうになる。そこで、昨日の食事を聞く。三食を少しずつ減らしたのか。それとも、吐き気で二日ほとんど食べられなかったのか。同じ2キロでも、中身はまるで違う。「減りました」の続きを、こちらから聞きに行く。

体重の次に、昨日は何回食べたか、水はどのくらい飲めたか、吐き気で食事を抜いた日はあったか、を聞く。声明を読んでから、この順番を、自分の中でもう一度確かめている。

飲むタイプのGLP-1の回では、薬の選択肢が増えるほど、誰にどれをどう使うかの見極めが要る、と書いた(第9回・「飲むGLP-1」が現実になった夏、僕らの夕食は現実のままである。)。見極めは、処方する日に一度やって終わり、ではない。使っているあいだの毎月の診察で、体重の数字と、食べられているかの話を、同じ机の上に並べ続けることまで含めての見極めだ。数字だけを机に置いた月は、半分しか診ていない。そう自分に言い聞かせるくらいで、ちょうどいい。

ペンを置いて、冷えた指先をもう片方の手で包んだ。少し温まるまで、そのままでいた。

食べないで痩せ薬を使うと、身体の中で何が起きるのか

体重の話をいったん脇へ置く。食事が入ってこないあいだにも、身体は休まず動き続けている。

人の身体は、ふだん主に糖と脂肪を燃やして動いている。食事が途切れて糖が足りなくなると、肝臓が脂肪を材料にしてつくるケトン体という燃料が増えはじめる。ケトン体は、それ自体が悪者ではない。一晩眠って朝ごはん前のときや、長く走ったあとにも、身体はふつうにこれを使っている。脂肪を材料にした燃料なのだ。ただ、ケトン体が増えたことだけで、体脂肪が減ったとは言えない。

問題になるのは、ケトン体が過剰にたまって、身体の調節では補いきれなくなったときだ。血液が酸性に傾いて、吐き気、腹痛、だるさが出て、ひどくなると意識や呼吸にまで響く。これがケトアシドーシスで、単にケトン体が増えている「ケトーシス」とは同じではない。ここまで来ると、僕が確かめたいのは、何キロ減ったかではなくなる。食べられるか、息は苦しくないか、受け答えはいつもどおりか。

GLP-1の仲間の薬は、食欲を抑え、胃から食べ物が出ていくのを遅くする。それが体重を減らす力にもなる一方で、吐き気や下痢、嘔吐といった胃腸の副作用も起こしやすい。副作用の頻度は試験や用量で違うが、マンジャロの添付文書にある国内の52週間の試験では、15mgのグループで悪心が25.7%、嘔吐が9.5%と報告されている。10人の並びに直すと、吐き気が2人あまり、嘔吐が1人ほど。添付文書では一行でも、吐いて食べられない本人には、まるごと一日になる。下痢や嘔吐から脱水になり、急性腎障害に至るおそれがあることも、そこに書いてある。

ここに、もともとの極端な食事制限が重なると、どうなるか。薬で食欲が落ちる。そこへ自分の意思でも食べない。吐き気で、ものが入らない日が出る。チルゼパチドやGLP-1受容体作動薬の使用中に、食事の摂取不足や嘔吐などが重なり、入院治療を要するケトアシドーシスを起こした症例が、海外の医学誌にも複数報告されている。糖尿病ではない人の例も含まれる。ただ、症例報告だけで、薬との因果関係や、どのくらいの頻度で起きるのかまでは確かめられない。まだ言える数字がない。

もうひとつ、つけ加える。吐き気でものが食べられないことを、「薬が効いている証拠」だと受け取る人がいる。気持ちはわかる。体重はたしかに減るからだ。けれど、それは成果のサインではなく、身体からの苦情の可能性があるサインとして聞いてほしい。食事や水分がとれない、嘔吐や腹痛が続く。そういうときは、自分の判断だけで次の注射を続けたり量を変えたりせず、速やかに処方した医療機関へ連絡して、受診してほしい。嘔吐を伴う激しい腹痛が続く場合は使用を中止して、すぐに医師の診察を受ける。意識がもうろうとする、息苦しいといった症状があれば、連絡の返事を待たずに救急を受診してほしい。

体重計に映らない「減ったもの」

減ったのは、全部が脂肪とは限らない。

脂肪だけを落としたつもりでも、急に、あるいは大きく体重が落ちるときは、筋肉を含む脂肪以外の部分まで一緒に減ることがある。注意書きは、そこで終わらない。添付文書を先へ読むと、胆石症や胆嚢炎の話も続く。読む側は減る話を探しているのに、減っていく途中で診ておくことは、いくつもある。

それから、薬をやめたあとのこと。マンジャロと同じ成分の薬で、使い続けたグループとやめたグループを比べた試験では、やめた側の体重が少しずつ戻っていく傾向が見られた。「急いだから戻る」という話ではない。薬をやめると食欲を抑える働きが弱まり、それが体重の戻る一因になると考えられている。

だから、薬を使う期間の生活が、薬をやめたあとの生活の下書きになる。食事を抜いて落とした体重は、下書きを白紙のまま持ち帰るのに近い。三食を食べながら落とした体重なら、少なくとも「この量なら暮らせる」という書き込みが一枚残る。

急がない減量のための、地味な5つ

速さを競わない減量のために、地味なものを5つだけ置いておく。薬を使っている人もいない人も、同じ5つでいい。

  • 体重の横に、昨日食べた回数を書く。 数字を一つ量るなら、回数も一つ書く。0回や1回の日が続いていたら、それは減量ではなく欠食の記録だ
  • できる範囲で、毎食たんぱく質のおかずを一つ。 卵、豆腐、魚、肉、どれでもいい。食べる量が減るときほど、何を残すかを先に決めておく
  • 水分は、喉が渇く前に。 吐き気で食事が入らない日ほど、水が後回しになる。水も入らない日は、自己判断で続けたり量を変えたりせず、すぐ処方元に連絡する
  • 歩く距離を、少しずつ伸ばす。 体重を落とすためというより、落としたくない筋肉に「まだ使うぞ」と知らせるために歩く。できれば軽い筋力トレーニングも足す
  • 評価は、月単位で。 一晩の増減は水の出入りでいくらでも動く。2週間、1か月の傾向で眺める

5つとも、体重を速く落とす方法ではない。落ちる途中で、身体を置き去りにしない方法、のほうに近い。

4コマ漫画(縦・上から下へ):①診察室で女性「先生、今月3キロ減りました!」②医師「その前に。昨日は、食べられました?」③女性が指を1本立てて「吐き気があって……1回だけ」④医師「話してくれて助かります。体重より、そっちが先です」

同じ土曜日の神宮で

学会の声明が出た10月3日の夜、神宮球場では、ヤクルトの石川雅規投手の引退試合とセレモニーが開かれていた。身長167センチの左腕が、9月の引退会見で「すごく楽しい25年間でした」と語っていた。

同じ土曜日に、片方では急ぐ減量を戒める声明が出て、片方では25年を積み上げた投手が、マウンドを降りる挨拶をしていた。並べてみると、つい教訓を引き出したくなる。引き出さないでおく。石川投手の身体が、どんな毎日でできていたのかを、僕は知らない。

国立競技場のほうは、もうそろそろ、最後の坂を上ってくる人たちの時間だろう。最初の5キロでは、まだ遠かった坂だ。

夕方の食卓。ごはんと味噌汁と焼き魚の定食を前に、窓の外へ穏やかに目を向ける40代の女性

次の外来の予定表の余白に、患者さんには見えない小さな字で、自分あての申し送りを書きました。「体重の次に」と決めていた質問を、次の外来からは先にする。宛名の欄には、自分の名前も書いておきました。次に白衣を着る朝の僕が、誰かほかの先生への用事だと思わないように。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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