機能性ディスペプシア(FD)の漢方治療完全ガイド|六君子湯・半夏瀉心湯の使い分けを糖尿病専門医が解説

functional dyspepsia kampo guide
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「食後に胃がもたれる」「ほんの少し食べただけでお腹がいっぱいになる」「みぞおちがチクチク痛む」「胃カメラでは異常がないと言われたのに不調が続く」――こうした症状を抱える方の正体は、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)であることが少なくありません。胃カメラやヘリコバクター・ピロリ検査で器質的疾患が除外されているにもかかわらず、慢性的な上腹部症状が持続する病態であり、日本人の有病率は11〜17%、外来受診者の10〜20%を占めると推計されています。

FDは2014年に保険病名として収載され、日本消化器病学会の『機能性消化管疾患診療ガイドライン2021―機能性ディスペプシア(FD)(改訂第2版)』においては、酸分泌抑制薬(PPI・H2ブロッカー)と消化管運動機能改善薬(アコチアミド:保険適応はFDのみ)が第一選択として位置づけられる一方で、漢方薬(とくに六君子湯)が第二選択として明確に推奨されています。これは『慢性便秘症診療ガイドライン2017』における大建中湯と並び、消化器領域で漢方薬がガイドラインに正式採用された数少ない例です。

六君子湯は、内因性食欲促進ホルモンであるグレリンの分泌を促進し、胃適応性弛緩(gastric accommodation)を改善するエビデンスが複数のRCTで蓄積されており、PubMedにも国際査読論文として複数掲載されています。本記事では、糖尿病専門医として日常診療でFDの漢方処方を行っている立場から、Rome IV基準に基づく症状タイプ別の使い分け、最新エビデンス、PPI・アコチアミドとの併用、副作用、糖尿病合併例の特徴まで、6,000字超のボリュームで徹底解説します。胃の不調が長く続いている方、市販の胃薬では改善しない方は、ぜひ最後までお読みください。

目次

機能性ディスペプシア(FD)の現代医学的理解|Rome IV基準とPDS/EPS分類

機能性ディスペプシアは、Rome IV基準(2016年改訂)において以下のように定義されています。

「症状の原因となる器質的疾患(とくに上部内視鏡検査での異常所見)がないにもかかわらず、慢性的に上腹部の症状(食後のもたれ感・早期満腹感・心窩部痛・心窩部灼熱感)が持続する病態」

具体的な診断基準は、症状が少なくとも6ヶ月以上前から始まり、過去3ヶ月間にわたり以下の4症状のうち1つ以上を週1回以上の頻度で経験していることです。

  • 食後のもたれ感(postprandial fullness):通常量の食事をとっただけで胃が重く感じる
  • 早期満腹感(early satiation):食事を完食する前にお腹がいっぱいになり、それ以上食べられない
  • 心窩部痛(epigastric pain):みぞおちの痛み
  • 心窩部灼熱感(epigastric burning):みぞおちの焼けるような感じ

Rome IV基準では、これらの症状の組み合わせから、FDをさらに2つのサブタイプに分類します。

食後愁訴症候群(PDS:postprandial distress syndrome)

食後のもたれ感と早期満腹感を主症状とするタイプ。食事をきっかけに症状が誘発・増悪することが特徴で、日本人FDの過半数を占めます。病態生理の中心は胃適応性弛緩の障害胃排出遅延であり、食物が胃底部に貯留できず、食塊が早期に胃前庭部・幽門に集中してしまうことで満腹感が生じると考えられています。

心窩部痛症候群(EPS:epigastric pain syndrome)

心窩部痛・心窩部灼熱感を主症状とするタイプ。空腹時または食事と無関係に増悪する症例が多く、内臓知覚過敏(visceral hypersensitivity)が病態の中心です。胃酸分泌や十二指腸の微小炎症との関連も指摘され、PPIが奏効しやすいサブタイプでもあります。

実臨床ではPDSとEPSの両方の症状を併せ持つオーバーラップ例が多く、こうした症例ではPPIとアコチアミド、あるいは漢方薬を組み合わせた多面的なアプローチが必要となります。当院では初診時にFDの問診票(FSSG/GSRSなど)を併用し、症状の重み付けから適切な治療戦略を組み立てます。

FDの症状タイプ別漢方処方|PDSとEPSの使い分け

漢方医学では、FDを「脾胃気虚(ひいききょ)」「脾虚痰飲(ひきょたんいん)」「肝胃不和(かんいふわ)」「胃熱(いねつ)」「中焦虚寒(ちゅうしょうきょかん)」などの病態に分類し、Rome IVのPDS/EPS分類とは異なる軸で処方を選択します。当院では西洋医学的サブタイプと漢方医学的弁証を統合したハイブリッド処方戦略をとっています。

食後愁訴症候群(PDS)|食後膨満・早期満腹に効く漢方

六君子湯(りっくんしとう)|ツムラ43番
FDの漢方治療において第一選択となる処方。日本消化器病学会のFDガイドラインで唯一「強く推奨」される漢方薬であり、人参・白朮・茯苓・甘草(四君子湯)に陳皮・半夏を加えた構成です。脾胃気虚(消化機能の低下)と痰飲(水分代謝の停滞)を同時に治療する処方で、食後のもたれ感、食欲不振、心窩部不快感、軟便傾向、疲労感を伴うPDS症例に著効します。グレリン分泌促進作用と胃適応性弛緩改善作用がRCTで示されており、後述する科学的エビデンスは群を抜いています。1日3回食前または食間に内服します。

茯苓飲(ぶくりょういん)|ツムラ69番
胃部に水分が停滞し、ゲップ・酸っぱい胃液の逆流・げっぷ・げっぷとともに食物が逆流する症例に用います。茯苓・白朮・人参・生姜・陳皮・枳実から構成され、胃内停水(しんかぶしんすい:みぞおちを叩くとちゃぽちゃぽ音がする所見)を伴うFDに適応します。

茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)|ツムラ116番
茯苓飲に半夏厚朴湯を合方した処方で、PDS症状に加えて咽喉頭異常感(梅核気:のどに何か詰まった感じ)・不安・抑うつ傾向を伴う症例に最適。GERD(胃食道逆流症)と機能性ディスペプシアがオーバーラップする症例で当院での使用頻度が非常に高い処方です。

香蘇散(こうそさん)|ツムラ70番
ストレス性のPDS、神経質で胃が弱い若年女性、感冒後の食欲不振に適応する軽剤。香附子・蘇葉・陳皮・甘草・生姜から構成され、四逆散ほど強くない気滞を伴う食欲不振に有用です。

心窩部痛症候群(EPS)|心窩部痛・灼熱感に効く漢方

半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)|ツムラ14番
EPS症例の第一選択漢方。半夏・黄芩・乾姜・人参・甘草・大棗・黄連の7味からなり、心下痞硬(しんかひこう:みぞおちの痞え感と圧痛)を主訴とする病態に著効します。胃熱(胃の炎症)と脾胃気虚が同居する病態に対して、寒熱を同時に調整する独特の処方構成(辛開苦降:しんかいくこう)をもち、ピロリ菌感染後の胃炎、慢性胃炎の急性増悪、ストレス性の心窩部痛、口内炎を伴うFDに使用します。下痢傾向のある症例にも適応があり、抗がん剤イリノテカン誘発下痢の予防にも保険外で使用される処方です。

安中散(あんちゅうさん)|ツムラ5番
冷えると悪化する心窩部痛、神経性胃痛、つかえ感を伴うEPS症例に用います。桂皮・延胡索・牡蛎・茴香・甘草・縮砂・良姜から構成され、市販の太田胃散にも配合される古典的な健胃鎮痛剤です。冷え性・痩せ型の女性、ストレス性胃痛、月経時に増悪する胃痛に有用で、即効性があるため屯用としても使用できます。

人参湯(にんじんとう)|ツムラ32番
冷えが強く、心窩部痛・嘔気・水様性の唾液(清涎:せいせん)・軟便・尿量減少を伴う中焦虚寒のEPS症例に。人参・白朮・乾姜・甘草の4味からなり、安中散より虚証で冷えが強い症例に適応します。糖尿病で自律神経障害を伴い胃のもたれと冷えを同時に訴える症例にも有用です。

大建中湯(だいけんちゅうとう)|ツムラ100番
人参・乾姜・山椒・膠飴から構成される温裏剤。心窩部から下腹部にかけての冷えと膨満、ガスの停滞、腹部膨満感を伴うFDに有用です。慢性便秘症診療ガイドラインでも推奨される処方で、術後イレウス予防にも保険適応があります。

機能性胸やけ・GERD合併型|逆流症状に効く漢方

FDとGERDはしばしばオーバーラップし、PPI抵抗性の症例では漢方薬が突破口となります。

半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)|ツムラ16番
咽喉頭異常感、胸つかえ、げっぷ、不安・抑うつ傾向を伴う機能性胸やけに第一選択。半夏・厚朴・茯苓・蘇葉・生姜から構成され、気滞水滞を治療します。咳嗽を伴うGERDにも有効で、当院では使用頻度の極めて高い処方です。

茯苓飲合半夏厚朴湯(前述):胸やけと胃もたれを同時に訴える症例に最適。

六君子湯(前述):PPI抵抗性GERDに対するadd-on therapyとしてのRCTもあり、PPI単剤で改善しない症例にも有用です。

心因型FD|ストレスで悪化するタイプ

FD患者の30〜50%にうつ・不安などの精神症状が併存することが知られており、こうした心因型に対しては気剤を主体とした漢方治療が功を奏します。

四逆散(しぎゃくさん)|ツムラ35番
柴胡・芍薬・枳実・甘草の4味からなり、肝気鬱結(ストレスによる気の停滞)を治療します。胸脇苦満(脇腹の張り)、心窩部のつかえ、いらだち、緊張で増悪する胃痛・腹痛に有用。EPSタイプの心因性FDの中核処方です。

柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)|ツムラ10番
小柴胡湯と桂枝湯の合方で、感冒後遷延期の食欲不振、ストレス性の腹痛、過敏性腸症候群との合併例に。発熱性疾患後にFD症状が遷延する症例にも有用です。

加味逍遙散(かみしょうようさん)|ツムラ24番
ホットフラッシュ、不眠、いらだち、抑うつを伴う更年期女性のFDに。柴胡・芍薬・当帰・白朮・茯苓・甘草・薄荷・生姜・牡丹皮・山梔子から構成されます。

抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)|ツムラ83番
不眠・不安・神経過敏が強い症例で、上記処方では効果不十分な場合に。気逆を伴うFDで使用することがあります。

六君子湯の科学的エビデンス|グレリン分泌促進作用と胃適応性弛緩改善

FDガイドラインで六君子湯が「強く推奨」される根拠として、以下のような国際査読論文(PubMed掲載)レベルのエビデンスが蓄積されています。

1. グレリン分泌促進作用

グレリンは胃から分泌される唯一の食欲促進ホルモンであり、FD患者では血中アシル化グレリン濃度が低下していることが報告されています。Sadakaneらの研究(2011)では、六君子湯がアシル化グレリン分解酵素(acyl-ghrelin esterase)を阻害し、血中アシル化グレリン濃度を上昇させることが示されました。さらにTakedaらは、シスプラチン投与による食欲低下モデルにおいて、六君子湯の主要構成生薬である蒼朮・人参・甘草・陳皮の成分(atractylodin, 8-shogaol, hesperidinなど)がグレリン分泌を促進することを基礎研究で証明しています。

2. 胃適応性弛緩改善作用

Kusunokiらの研究(J Gastroenterol. 2010)では、FD患者40例を対象に超音波検査で胃排出能を評価し、六君子湯4週間投与によりPDS患者の胃排出能と症状スコアが有意に改善したと報告されています。Tominagaらの大規模臨床試験(DREAM study, J Gastroenterol Hepatol. 2018)では、PPI抵抗性FD患者247例を対象とした多施設無作為化比較試験で、六君子湯併用群が単独群と比較してdyspepsia symptom scoreを有意に改善することが示されました。

3. 国際査読論文の蓄積

PubMed検索で「rikkunshito functional dyspepsia」のキーワードでは、すでに50編以上の論文が登録されており、コクランレビュー・メタアナリシスでも六君子湯のFDに対する有効性が検証されています。日本発の医療用漢方製剤の中で、ここまで国際エビデンスが蓄積されている処方は他に大建中湯(術後イレウス)・抑肝散(BPSD)程度しかなく、六君子湯はEvidence-Based Kampoの代表格と言えます。

4. PPI・アコチアミドとの位置づけ

FDガイドライン2021では、PPI(オメプラゾール・ランソプラゾール・ラベプラゾール・エソメプラゾール・ボノプラザン)とアコチアミド(FD選択的:保険適応はFDのみ)が第一選択、酸分泌抑制薬抵抗例または運動機能異常が主体の症例に対して六君子湯が第二選択として推奨されています。実臨床ではPPI+六君子湯、アコチアミド+六君子湯の併用処方が一般的に行われています。

標準治療(PPI・アコチアミド)との併用|上乗せ効果を狙う

FDの薬物治療は、症状サブタイプと病態に応じて以下のように使い分けます。

EPS優位の場合

  • 第一選択:PPI(ラベプラゾール10mg/日、エソメプラゾール20mg/日など)4〜8週間
  • 無効例:PPI+半夏瀉心湯または安中散
  • 心因性合併:四逆散、柴胡桂枝湯
  • 抗うつ薬(SSRI・三環系)併用も検討

PDS優位の場合

  • 第一選択:アコチアミド(アコファイド®)100mg×3回/日(食前)
  • 追加:六君子湯7.5g/日(食前または食間)
  • 胃排出遅延が強い場合:モサプリド(ガスモチン®)追加
  • 水滞所見:茯苓飲合半夏厚朴湯

オーバーラップ型・PPI抵抗性

  • PPI+アコチアミド+六君子湯の3剤併用
  • SSRI(パロキセチン・セルトラリン)少量追加
  • 心理的要因が強い場合:認知行動療法・自律訓練法併用

当院では、初診時にPPI(またはボノプラザン)と六君子湯を同時開始し、4週後に効果判定するパターンが最も多いプロトコルです。漢方薬は即効性ではないものの、消化機能を底上げする「土台作り」の薬剤として、再発予防にも有用です。

FD漢方処方の副作用と注意点|甘草・人参の禁忌に注意

漢方薬は安全性の高い薬剤ですが、構成生薬による副作用には十分な注意が必要です。

甘草(カンゾウ)による偽性アルドステロン症

FDで使用する処方の多くに甘草が配合されています(六君子湯1.0g/日、半夏瀉心湯1.7g/日、安中散1.5g/日、芍薬甘草湯6.0g/日など)。甘草成分のグリチルリチンは過剰摂取により偽性アルドステロン症を引き起こし、低カリウム血症・浮腫・高血圧・脱力感・ミオパチーを生じることがあります。とくに以下のリスク群では慎重投与が必要です。

  • 高齢者(65歳以上)
  • 利尿薬服用者(フロセミド・トリクロルメチアジドなど)
  • 女性(男性より発症しやすい)
  • すでに低K血症のある患者
  • 1日6g以上の甘草を含む方剤の長期投与

当院では六君子湯と他の甘草含有方剤を併用する場合、3ヶ月ごとに血清カリウム値を測定するルールを徹底しています。芍薬甘草湯のような甘草含有量の多い方剤と六君子湯を併用する場合は要注意です。

人参(ニンジン)による高血圧・不眠

六君子湯・人参湯・茯苓飲には人参が配合されています。人参は補気作用が強く、高血圧未治療例・甲状腺機能亢進症・興奮性の強い症例では血圧上昇・不眠・動悸を引き起こすことがあります。当院では血圧コントロール不良例には少量から開始する、または人参非含有処方(半夏厚朴湯など)を選択するなどの工夫をしています。

柴胡剤による間質性肺炎

柴胡桂枝湯・四逆散・小柴胡湯などの柴胡剤は、まれに間質性肺炎を誘発することがあります(とくにC型肝炎・インターフェロン併用例で問題化した経緯)。投与中に乾性咳嗽・呼吸困難・発熱が出現した場合は速やかに中止し、胸部画像検査・KL-6測定を行います。

黄芩(オウゴン)による薬剤性肝障害

半夏瀉心湯・柴胡剤に含まれる黄芩は、まれに薬剤性肝障害を引き起こすことがあります。長期投与例では2〜3ヶ月ごとのAST・ALT測定が推奨されます。

その他の注意点

  • 桂皮(シナモン)アレルギーのある方
  • 地黄を含む方剤での胃もたれ(六君子湯には含まれないが、加減方や合方時に注意)
  • 大黄含有方剤(大柴胡湯など)の長期連用による下痢・腹痛

FDの食事・生活指導|薬と並行して取り組むべきこと

FDは食生活・生活リズム・ストレスと密接に関連するため、薬物療法と並行した生活習慣の改善が必須です。当院では以下の指導を行っています。

食事面

  • 1回量を減らし、回数を増やす:1日3食を1日4〜5食の少量分食に。胃適応性弛緩障害があるため、少量を頻回にすることで負担を軽減
  • 高脂肪食を避ける:脂質は胃排出を遅延させるため、揚げ物・脂身の多い肉・生クリームは控える
  • 香辛料・カフェイン・炭酸飲料の制限:内臓知覚過敏を悪化させる
  • アルコール・喫煙の制限:胃粘膜障害・GERD増悪因子
  • 食事時間を確保する:早食い・ながら食いは膨満感を増悪させる。一口30回咀嚼を意識
  • 就寝前3時間は食べない:胃排出が完了してから横になる

生活面

  • 規則正しい睡眠:自律神経の安定化が胃機能に直結
  • 有酸素運動の習慣化:1日30分のウォーキングで胃排出が改善
  • ストレスマネジメント:認知行動療法・マインドフルネス・ヨガ
  • 食後30分は安静:横にならず、座位でゆったり過ごす

糖尿病合併FDの特徴|糖尿病性胃排出遅延とGLP-1関連悪心

糖尿病患者にはFD様症状を訴える方が非常に多く、当院でも糖尿病通院中の患者さまの30〜40%が何らかの上腹部症状を抱えていらっしゃいます。糖尿病合併FDには以下の特徴があります。

1. 糖尿病性胃排出遅延(diabetic gastroparesis)

長期罹患の糖尿病患者では、迷走神経・腸管神経系の自律神経障害により胃排出が遅延し、食後膨満・早期満腹・嘔気・血糖変動を引き起こすことがあります。Cassilly法(13C-acetate呼気試験)や胃排出シンチグラフィで診断されますが、保険診療では症状ベースで判断することが多くなります。糖尿病性胃排出遅延に対しては、六君子湯モサプリドアコチアミドの組み合わせが奏効することが多く、当院でも頻用しています。

2. GLP-1受容体作動薬による悪心・胃排出遅延

セマグルチド(オゼンピック®・リベルサス®・ウゴービ®)、デュラグルチド(トルリシティ®)、リラグルチド(ビクトーザ®)などのGLP-1受容体作動薬は、糖尿病・肥満治療における主軸薬剤ですが、薬理作用として胃排出遅延を有するため、投与開始初期に悪心・嘔吐・食欲低下・FD様症状が高頻度(10〜30%)で出現します。

当院では、GLP-1受容体作動薬の悪心・FD様症状に対して六君子湯を併用する戦略をとっており、悪心が原因で脱落するリスクを低減できることを実感しています。実際、Tatsutaらの臨床報告(2017)でも、GLP-1関連悪心に対する六君子湯の有効性が示されています。当院の自由診療GLP-1ダイエットコースでも、希望者には六君子湯の併用を提案しています。

3. SGLT2阻害薬による消化器症状

SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン・エンパグリフロジンなど)でも、まれに食欲低下・嘔気が出現することがあります。脱水傾向と相まってFD症状を悪化させることがあるため、水分摂取と六君子湯併用で対処しています。

4. 高血糖そのものによる胃機能障害

HbA1c 9%以上の高血糖状態では、急性的にも胃排出が遅延することが知られています。FD症状を訴える糖尿病患者では、まず血糖コントロールの最適化が重要であり、HbA1cが改善するだけでFD症状が軽快する症例もあります。

FDとピロリ菌の関連|除菌でFD症状は治るのか

機能性ディスペプシアの診断基準(Rome IV)では、ヘリコバクター・ピロリ感染が除外されていることが前提となっています。ピロリ陽性で類似症状がある場合はピロリ関連ディスペプシア(H. pylori-associated dyspepsia)と呼ばれ、FDとは区別されます。

1. 除菌療法の効果

京都ガイドライン(Kyoto global consensus 2015)では、ピロリ陽性の慢性胃炎症例において、まず除菌療法を行うことが推奨されています。除菌により症状が消失する症例(ピロリ関連ディスペプシア)と、除菌しても症状が残存する症例(真のFD)が区別されます。Mazzoleniらのメタアナリシス(Cochrane 2014)では、除菌によるFD症状改善率は10%程度と報告されており、ピロリ陰性の真のFDが多くを占めることが分かります。

2. 除菌後FDへの漢方アプローチ

除菌成功後にも症状が残存するFD症例に対しては、PPI+六君子湯または半夏瀉心湯の組み合わせが有用です。除菌後にむしろGERD症状が出現することもあり、その場合は半夏厚朴湯または茯苓飲合半夏厚朴湯を併用します。

3. 除菌前後の漢方併用

除菌療法(PPI+アモキシシリン+クラリスロマイシンの三剤併用、または二次除菌でメトロニダゾール)の副作用(下痢・味覚異常・舌炎)に対して、半夏瀉心湯が下痢・口内炎の予防・治療に有用との報告があります。当院でも除菌中の下痢・腹部症状に半夏瀉心湯を併用することがあります。

当院(まさぼクリニック)でできること

当院は東京都にある糖尿病・内科・漢方を専門とする医療機関で、機能性ディスペプシアに対する以下の診療を提供しています。

  • 初診時の問診と身体診察:FSSG・GSRS問診票、心下痞硬・胃部振水音・腹直筋緊張など漢方医学的腹診
  • 器質的疾患の除外:必要に応じて連携医療機関での上部消化管内視鏡、ピロリ菌検査(迅速ウレアーゼ・尿素呼気試験・血清抗体)、腹部超音波
  • 採血:肝胆道系・膵酵素・ヘリコバクターピロリ抗体・HbA1c(糖尿病合併確認)
  • 個別化漢方処方:Rome IVサブタイプ(PDS/EPS)と漢方医学的弁証を統合した処方選択
  • 標準治療との併用処方:PPI・アコチアミド・モサプリドとの組み合わせ最適化
  • 糖尿病合併FDの統合管理:血糖コントロール改善とFD治療の同時進行
  • GLP-1受容体作動薬使用時の悪心・FD症状への六君子湯併用
  • 定期的な甘草副作用モニタリング:3ヶ月ごとの血清K測定
  • 生活指導と心理ケア:管理栄養士による食事指導、ストレスケアへのアドバイス

漢方薬は保険適用ですので、3割負担の方であれば1ヶ月の薬剤費は1,000〜2,000円程度です。標準治療と漢方を組み合わせることで、PPIだけでは改善しなかった症例にも光明が見えることが多くあります。

機能性ディスペプシア漢方治療FAQ

Q1. 六君子湯はどのくらいの期間飲めば効果が出ますか?

多くの場合、内服開始から2〜4週間で食後膨満感や食欲不振の改善を実感していただけます。グレリン分泌促進作用が累積的に働くため、最低でも4週間は継続することをお勧めしています。改善後は減量(朝夕の2回など)を経て、症状再発がなければ漸減・中止を検討します。一方、6〜8週間継続しても効果が乏しい場合は、処方の見直し(半夏瀉心湯・茯苓飲合半夏厚朴湯への変更など)を行います。

Q2. 六君子湯と半夏瀉心湯はどう使い分けますか?

六君子湯はPDS(食後膨満・早期満腹・食欲不振)が主体で、疲労感・軟便を伴う「気虚」の症例に適応します。一方、半夏瀉心湯はEPS(心窩部痛・心窩部灼熱感)と心下痞硬(みぞおちの痞え)を主訴とし、口内炎・下痢を伴う「寒熱錯雑」の症例に適応します。両者を併用することはありませんが、PDSとEPSのオーバーラップ例では時期を分けて使用したり、PPIとの併用で対応します。

Q3. PPI(タケキャブ・ネキシウムなど)と漢方は併用できますか?

はい、併用可能です。むしろFDの実臨床ではPPI+六君子湯、PPI+半夏瀉心湯、PPI+茯苓飲合半夏厚朴湯などの併用処方が標準的です。PPIで酸関連症状を抑えつつ、漢方で胃運動・胃適応性弛緩・心理面を改善する相補的な効果が期待できます。

Q4. 妊娠中・授乳中ですが漢方を飲めますか?

多くの漢方薬は妊娠中・授乳中にも安全とされますが、大黄含有方剤(大柴胡湯・大黄甘草湯など)は子宮収縮作用のため避けます。FDで使用する六君子湯・半夏厚朴湯・茯苓飲合半夏厚朴湯・小半夏加茯苓湯などは、つわり(妊娠悪阻)にも保険適応があり、産婦人科でも処方される安全性の高い処方です。ただし自己判断ではなく、必ず主治医に相談してください。

Q5. 漢方薬に副作用はありますか?

あります。特に注意すべきは、甘草による偽性アルドステロン症(低カリウム血症・浮腫・高血圧)、人参による血圧上昇・不眠、柴胡剤による間質性肺炎、黄芩による薬剤性肝障害です。長期投与例では3ヶ月ごとに血清K・肝機能をチェックし、新規症状が出現した場合は速やかに中止して主治医にご相談ください。市販漢方の長期自己判断服用は避け、必ず医師の管理下で内服してください。

処方を検討する方へ|医療機関受診のすすめ

「胃カメラで異常がないと言われたが症状が続く」「PPIを飲んでいるが完全に良くならない」「ストレスで胃の不調が悪化する」「糖尿病の薬を始めてから胃がもたれる」――こうした症状でお悩みの方は、ぜひ漢方を扱う医療機関にご相談ください。とくに以下のような方には、漢方治療が新たな選択肢となります。

  • FDと診断されたがPPI・アコチアミドだけでは不十分
  • 胃カメラで器質的疾患は除外されているが症状が続く
  • 糖尿病でGLP-1受容体作動薬を開始したら悪心・もたれが出た
  • ストレス・不安で胃の症状が増悪する
  • 胃薬を長期に飲み続けることに抵抗がある
  • 食欲がなく体重が減り気味

一方、以下のような症状がある場合はFDではなく器質的疾患(胃がん・胃潰瘍・膵がん・胆石症など)の精査が必要であり、漢方単独治療は適切ではありません。必ず先に内視鏡検査・腹部画像検査をお受けください。

  • 体重減少(半年で5%以上)
  • 嚥下困難・吐血・下血・黒色便
  • 夜間の心窩部痛で目が覚める
  • 進行する貧血
  • 50歳以上で初発の上腹部症状
  • 胃がん・膵がんの家族歴

まとめ

機能性ディスペプシア(FD)はRome IV基準でPDS(食後愁訴症候群)とEPS(心窩部痛症候群)に分類され、日本消化器病学会のFDガイドライン2021では六君子湯が漢方薬として唯一「強く推奨」されています。六君子湯はグレリン分泌促進・胃適応性弛緩改善作用がRCTで示され、PubMed掲載の国際査読論文も多数蓄積されたエビデンス・ベースド・カンポーの代表格です。

症状サブタイプに応じて、PDSには六君子湯・茯苓飲合半夏厚朴湯、EPSには半夏瀉心湯・安中散・人参湯、機能性胸やけには半夏厚朴湯・茯苓飲合半夏厚朴湯、心因型には四逆散・柴胡桂枝湯と使い分け、PPI・アコチアミドとの併用で多面的なアプローチを行います。糖尿病合併FDではGLP-1受容体作動薬による悪心や糖尿病性胃排出遅延への六君子湯併用が有用であり、ピロリ菌除菌後の残存症状への漢方アプローチも重要です。

胃の不調が長く続いている方、市販の胃薬では改善しない方は、自己判断で薬を続けるのではなく、ぜひ医療機関を受診し、原疾患の精査と適切な漢方治療をお受けください。当院でも糖尿病管理と並行したFD漢方診療を提供しています。

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本記事の信頼性について

監修・執筆体制

本記事は、まさぼ内科クリニック飯田橋院 院長・小林 正敬 医師(医籍登録番号 第486214号)の監修のもと、公開時点で確認可能な学会ガイドラインおよび査読論文に基づいて作成されています。監修医師は 日本糖尿病学会 糖尿病専門医日本内科学会 総合内科専門医日本老年医学会 老年科専門医・指導医 の資格を有し、糖尿病・代謝疾患・老年医学を専門とする臨床医として実務に従事しています。

利益相反(COI)の開示

本記事は、特定の医薬品・医療機関・企業からの広告料、紹介料、監修料の影響を受けず、独立した医学的判断のもと作成されています。治療法の選択は、必ず主治医の対面診察に基づき判断してください。本記事は一般的な医療情報の提供を目的とし、個別の診断・治療を代替するものではありません。

情報の鮮度と更新ポリシー

本記事は学会ガイドライン(日本糖尿病学会・日本東洋医学会等)、査読論文、厚生労働省公表データに基づき作成され、医学的内容の変化に応じて定期的な見直しを行います。公開日・最終更新日は本セクション直下の監修者バナーをご参照ください。
信頼性開示の最終確認日:2026-05-14

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監修:小林正敬医師(まさぼクリニック代表理事・糖尿病専門医)
日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本内科学会 総合内科専門医/日本老年医学会 老年科専門医・指導医。医籍登録番号:第486214号

参考文献

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  14. 厚生労働省 e-ヘルスネット「機能性ディスペプシア」

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を保証するものではありません。実際の治療にあたっては必ず医療機関を受診し、専門医の判断を受けてください。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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