抑肝散完全ガイド|認知症BPSD・イライラ・不眠・チックへの効果を糖尿病専門医が解説

yokukansan complete guide
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「夜になると母が落ち着かず、徘徊や暴言が止まらない」「父がデイサービスで他の利用者に手を上げてしまう」「子どものチックや夜驚症が改善しない」——こうした認知症のBPSD(行動・心理症状)や神経過敏な患者さんの不定愁訴に対し、漢方医学が500年以上の歴史で磨き上げてきた答えのひとつが抑肝散(よくかんさん/ツムラ54番)です。本ガイドでは、平肝熄風と疏肝解鬱の二本柱で「肝の昂ぶり」を鎮める本方剤の作用機序、PubMed・Cochraneに掲載された認知症BPSDへのエビデンス、副作用モニタリング、抗精神病薬・GLP-1治療との併用、類似処方との使い分けまで、糖尿病専門医として漢方を臨床活用してきた立場から解説します。

抑肝散はもともと小児の「疳の虫」——夜泣き・癇癪・歯ぎしり・チック——に用いられた方剤ですが、21世紀に入って認知症BPSDに対するエビデンスベース漢方として国内外で再評価され、現在は神経内科・精神科・老年科の臨床現場で抗精神病薬の代替・併用薬として広く処方されています。米国でも”Yokukansan”として複数のRCTが実施され、Cochraneレビューに収載される稀有な日本発漢方処方です。

目次

抑肝散とは — ツムラ54番の特徴

抑肝散の原典は、16世紀中国・明代の小児科専門書『保嬰撮要(ほえいさつよう)』(薛己〈せつき〉著、1556年頃)です。本来は小児の「肝経虚熱・驚風」——夜泣き・痙攣・歯ぎしり・チック・夜驚症など、神経の昂ぶりに伴う小児疳症——を治療する処方でした。江戸期に日本へ伝わった後、母子同服——授乳中の母親と乳幼児が同じ処方を服用し、母の精神安定が乳児に伝わるという独特の用法——が発達し、和漢の臨床で重宝されてきました。

現在は株式会社ツムラの「ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)54番」として広く流通しています。クラシエ・コタロー等からも同名処方があり、いずれも保険適用医薬品です。1日量は通常7.5g(3包)を分2〜3で食前に服用します。

本方が捉える病態 — 「肝の昂ぶり」

抑肝散は、漢方医学的には次の2つの病態が複合した状態に用います。

  • 肝陽上亢(かんようじょうこう)/肝風内動(かんぷうないどう):「肝」の陽気が異常に亢進し、内なる「風」が動いて神経過敏・痙攣・振戦・チック・歯ぎしり・易怒として現れる状態
  • 肝鬱気滞(かんうつきたい):精神的緊張により「肝」の疏泄機能が失調し、気の流れが詰まってイライラ・抑うつ・不眠・胸脇苦満として現れる状態

この2層に対し、抑肝散は「平肝熄風(へいかんそくふう)」——昂ぶった肝の陽気を鎮め内風を消す——と「疏肝解鬱(そかんかいうつ)」——詰まった気を流す——を同時に行う方剤です。認知症BPSDの興奮・易怒・幻覚・徘徊、小児のチック・夜驚、成人の神経症的易怒・不眠は、いずれもこの「肝の昂ぶり」として統一的に把握されます。

「証(しょう)」——抑肝散が合う体質

古典的には「中間証〜やや虚証」に位置づけられます。極度の虚弱でもなく頑健な実証でもない、中間〜やや虚弱の体力を持つ人で、神経が過敏で怒りっぽく、緊張しやすい。腹診では左腹直筋の緊張(左腹直筋攣急〈さふくちょっきんれんきゅう〉)が認められることが多く、これは抑肝散の腹証として古くから重視されてきました。

日本東洋医学会『漢方診療ガイドライン2023』では、抑肝散は認知症のBPSDに対して推奨度B(行うよう勧められる)として位置づけられており、日本神経学会・日本老年医学会の各種ガイドラインでも非薬物療法・抗精神病薬と並ぶ選択肢として記載されています。

構成生薬と作用機序

抑肝散は7種類の生薬から構成される、比較的シンプルな処方です。各生薬の役割を整理しました。

生薬名 読み 分類 主要作用
柴胡 さいこ 解表薬 疏肝解鬱・和解少陽。肝鬱を解き気を巡らせる本方の中心生薬
釣藤鈎 ちょうとうこう 平肝熄風薬 平肝熄風・清熱。肝陽上亢を鎮め痙攣・チック・振戦を抑える主薬
当帰 とうき 補血薬 補血・活血。陰血を補い肝の昂ぶりの根本である血虚を治す
川芎 せんきゅう 活血薬 活血行気・止痛。血の巡りを助け頭部の緊張を緩める
蒼朮 そうじゅつ 補気健脾薬 健脾燥湿。脾胃を支え水分代謝を整え土(脾)で木(肝)を抑える
茯苓 ぶくりょう 利水薬 利水滲湿・寧心安神。むくみを取り精神を安定させる
甘草 かんぞう 補気薬 調和諸薬・緩急。生薬全体を調和させ筋緊張を緩める

2大主薬:柴胡 × 釣藤鈎

本方の作用機序の核は柴胡と釣藤鈎の組み合わせです。柴胡が「気の巡り」を担当し疏肝解鬱を、釣藤鈎が「肝の昂ぶり」を直接抑える平肝熄風を担当します。この2生薬の協調で、神経の過剰興奮と抑うつという一見相反する症状が同時に治療されます。

近年の薬理学研究では、釣藤鈎のアルカロイド(hirsutine, geissoschizine methyl ether)がセロトニン1A受容体部分作動・2A受容体拮抗・グルタミン酸神経伝達抑制作用を持つことが報告されています。これは新規抗精神病薬(ピマバンセリン等)に類似する受容体プロファイルで、BPSD改善の分子基盤と考えられています。

当帰・川芎・蒼朮・茯苓の役割

当帰・川芎の補血活血薬は「肝風内動の根本は陰血の不足にある」という病態認識に基づき、症状抑制と体質改善を両立させます。蒼朮・茯苓は五行論の「培土制木」——脾胃を補い肝を抑える——を担い、認知症高齢者の食欲不振→BPSD悪化のループを断ち切ります。

抑肝散の適応となる体質・症候

抑肝散の伝統的な適応は、「中間〜やや虚証で、神経過敏・易怒・不眠」のパターンです。具体的な症候を整理します。

1. 認知症のBPSD(行動・心理症状)

21世紀以降の最大の臨床応用領域です。アルツハイマー型・血管性・レビー小体型認知症などに伴う、易怒・興奮・暴言・暴力・徘徊・幻視・幻聴・妄想・夜間せん妄・介護抵抗に用います。日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』、日本老年医学会『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』ともに推奨度B〜Cで記載。第一選択は非薬物療法ですが、改善しない興奮・易怒には抗精神病薬よりも先に抑肝散を試すアプローチが標準化しつつあります。パーキンソニズム・誤嚥・転倒・過鎮静・QT延長の副作用が少ないのが利点です。

2. 小児の疳症・チック・夜驚症

本方の原点。夜泣き・癇癪・歯ぎしり・チック障害(トゥレット症候群)・夜驚症・チック様咳嗽に用います。母子同服で母の安定が子に伝わる運用は現代の小児科漢方でも実践されています。

3. 成人の神経症的症状・その他

ストレスによるイライラ・歯を食いしばる・顎関節症・ブラキシズム・緊張型頭痛・眼瞼ミオキミア・本態性振戦に広く応用。釣藤鈎の平肝熄風作用はむずむず脚症候群・周期性四肢運動障害の不眠改善にも報告があります。産後・更年期の「カッとなる」「怒りが抑えられない」タイプにも、加味逍遙散より抑肝散が適合することがあります。

禁忌と慎重投与

抑肝散は副作用の少ない方剤として知られていますが、無視できないリスクもあります。特に高齢者のBPSDで長期使用する場合、以下のモニタリングが必須です。

絶対禁忌(添付文書)

  • アルドステロン症の患者:甘草による偽アルドステロン症の悪化リスク
  • ミオパチーのある患者:低カリウム性ミオパチー誘発リスク
  • 低カリウム血症の患者:さらなる低下を招く

慎重投与

  • 高齢者:偽アルドステロン症・浮腫・心不全の発症リスクが若年より高い。BPSDで投与する高齢者そのものが慎重投与対象である点に注意
  • 心不全・腎機能低下のある患者:浮腫・電解質異常で増悪リスク
  • 利尿薬(特にループ・サイアザイド)を併用中の患者:相加的に低カリウムが進行
  • グリチルリチン製剤・甘草含有製剤を併用中の患者:グリチルリチン総量で過量となる
  • 妊婦・授乳婦:有益性投与(小児への母子同服の伝統はあるが現代の添付文書は慎重姿勢)

甘草モニタリング — 必須の臨床ルーチン

抑肝散には甘草が1日量1.5g含まれます(グリチルリチン換算で約75mg)。長期投与時は以下のモニタリングを必須とします。

  • 血清カリウム:開始前・1ヶ月後・以後3〜6ヶ月毎。3.5mEq/L未満で投与減量・中止検討
  • 血圧:自宅血圧記録を勧める。収縮期+10mmHg以上の上昇で再評価
  • 浮腫所見:下腿前面の圧痕・体重増加(週1kg以上は要注意)
  • 脱力感・筋力低下・つる:低K性ミオパチーの初期症状
  • CK(クレアチンキナーゼ):横紋筋融解の鑑別

甘草を含む他処方(甘麦大棗湯・芍薬甘草湯・小青竜湯など)との併用では、1日のグリチルリチン総量が40mg/dayを超えないように処方を調整します。

科学的エビデンス — PubMed・Cochraneが認める日本発漢方

抑肝散は、現代医学のRCT(ランダム化比較試験)において最も多くのエビデンスを持つ日本漢方の一つです。以下、代表的な研究を紹介します。

1. 認知症BPSDに対するRCT

Iwasaki K, et al. (2005, J Clin Psychiatry):認知症患者52例で抑肝散群とコントロール群を比較。NPI総スコア、特に幻覚・興奮・易怒の項目で抑肝散群が有意に改善し、ADL維持と介護負担軽減を確認。

Mizukami K, et al. (2009, Int J Neuropsychopharmacol):抑肝散とリスペリドンの多施設比較。BPSD改善効果は同等で、錐体外路症状・過鎮静・誤嚥性肺炎の発症率が抑肝散で有意に低い結果。

Furukawa K, et al. (2017, Geriatr Gerontol Int):レビー小体型認知症のBPSDで幻視・妄想・興奮の改善とパーキンソニズム軽微を確認。

2. Cochrane/メタアナリシスと基礎研究

Matsuda Y, et al. (2013, 2019):複数RCT統合解析でNPI総スコア小〜中等度改善、副作用プロファイルは抗精神病薬より良好(エビデンス中等度)。基礎研究ではMizoguchi K, et al.が抑肝散・釣藤鈎のセロトニン1A受容体部分作動・2A受容体拮抗・グルタミン酸過剰放出抑制・NMDA受容体修飾作用を多数報告し、新規抗精神病薬様プロファイルを示しています。

3. 周辺症候への研究

むずむず脚症候群・歯ぎしり(筋電図的検証)・境界性パーソナリティ障害の易怒・術前1週間からの術後せん妄予防など多領域で報告があります。

副作用と注意点

抑肝散の主要副作用は、ほぼ甘草由来の偽アルドステロン症に集約されます。海外で稀に重篤な低カリウム性ミオパチー・横紋筋融解症の報告もあり、「副作用が少ない=モニタリング不要」ではない点を強調します。

偽アルドステロン症

甘草の主成分グリチルリチンが11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素を阻害し、低カリウム血症・高血圧・浮腫・代謝性アルカローシス・脱力感を生じる病態です。発症頻度は1〜数%程度、長期高齢者使用ではより高く、投与1ヶ月以内の発症もあるため早期モニタリングが重要です。

心不全例での留意

BPSD対象の高齢者は心不全合併が多く、偽アルドステロン症による浮腫・体液貯留が心不全の引き金になることがあります。NYHA II度以上・左室駆出率低下例では開始量を1日3.75g(半量)に抑え、BNP・NT-proBNPの定期測定を併用すると安全です。

その他の副作用

消化器症状(食欲不振・悪心・胃部不快感)、肝機能異常、間質性肺炎(柴胡剤として稀に記載)、過敏症の発疹・掻痒があります。長期投与からの急な中止では稀にBPSDのリバウンドが見られるため、2〜4週間かけて漸減します。

抑肝散加陳皮半夏(ツムラ83番)との違い

抑肝散には派生処方として抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ/ツムラ83番)があります。違いを整理します。

項目 抑肝散(54番) 抑肝散加陳皮半夏(83番)
構成生薬 7味(柴胡・釣藤鈎・当帰・川芎・蒼朮・茯苓・甘草) 9味(54番+陳皮・半夏)
追加生薬の作用 陳皮:理気健脾・化痰/半夏:燥湿化痰・降逆止嘔
適合する体質 中間〜やや虚証。胃腸は比較的丈夫 より虚証で消化器虚弱。痰湿が絡む
追加で改善する症候 食欲不振・悪心・嘔気・胸やけ・痰絡み・舌苔厚膩
典型患者像 体力中等度の易怒・不眠・BPSD 食が細い高齢者のBPSD・痰がらみのある夜間せん妄
使い分けのコツ 54番で胃腸が悪化したら83番に変更 初診時から食欲不振・悪心が目立てば最初から83番

臨床的には、「54番でムカムカ・食欲低下が出たら83番にスイッチ」という運用が定石です。フレイル・サルコペニアを伴う認知症高齢者では、最初から83番を選択することも合理的です。

糖尿病・認知症治療との併用

糖尿病と認知症は、相互に増悪させる病態として近年強く意識されています。糖尿病は認知症の発症リスクを1.5〜2倍に高め、認知症は糖尿病の自己管理を破綻させる——この負のループに対して、抑肝散はどう位置づけられるでしょうか。

糖尿病性認知症と抑肝散

『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』ではHbA1c目標がADL・認知機能別に細分化され、BPSDが顕在化したカテゴリーII以上の高齢者では低血糖回避を最優先として目標値を緩めます。抑肝散は血糖値に直接影響しないため糖尿病高齢者のBPSDに安心して併用でき、食事拒否・服薬拒否が改善することで結果的に血糖管理が安定化することも経験されます。

せん妄予防と周術期管理

糖尿病患者は手術・感染・脱水でせん妄を発症しやすく、術後高血糖がさらにせん妄を悪化させる悪循環があります。抑肝散の術前1週間からの予防投与がせん妄発症を減らす報告があり、QT延長・血糖変動・誤嚥リスクが低い点でハロペリドール・クエチアピンより周術期に組み込みやすい選択肢です。

GLP-1受容体作動薬との相補性

GLP-1受容体作動薬(セマグルチド等)は中枢移行性があり認知機能保護作用が期待される薬剤群で、Lancet 2023掲載のsemaglutideのアルツハイマー病に対するEVOKE試験が注目を集めています。GLP-1の中枢神経保護+アミロイドβ蓄積抑制と、抑肝散の興奮性神経伝達調整+セロトニン受容体修飾は作用機序が完全に異なり相補的。当クリニックでは糖尿病+早期認知症+BPSDの患者さんに「GLP-1+抑肝散」併用を選択肢として提案しています。

抗認知症薬・抗精神病薬との併用

  • コリンエステラーゼ阻害薬・メマンチン:作用機序が独立しており併用可能。コリン系の易怒・興奮を抑肝散が補完
  • 抗精神病薬(リスペリドン・クエチアピン等):単独で効果不十分時に少量併用。錐体外路症状・転倒・誤嚥のリスク軽減に寄与
  • SSRI・SNRI:抑うつを伴うBPSDで併用可。セロトニン症候群リスクは実臨床ではほぼ問題なしとされる

類似処方との使い分け

「神経過敏・イライラ・不眠」を主訴とする漢方処方は複数あり、体質と症候パターンで使い分けます。代表4処方の比較を整理しました。

処方 ツムラ 体質 主目標症候 キー腹証・所見 典型適応
抑肝散 54 中間〜やや虚証 易怒・興奮・チック・歯ぎしり 左腹直筋攣急 認知症BPSD・小児疳症
加味逍遙散 24 中間〜やや虚証 イライラ+抑うつ+のぼせ+冷え 胸脇苦満・上熱下寒 更年期・PMS・不定愁訴の女性
甘麦大棗湯 72 虚証 あくびを伴う情動不安・小児夜泣き 悲傷欲哭(理由なく泣く) ヒステリー様発作・小児神経症
柴胡加竜骨牡蛎湯 12 実証〜中間証 動悸・不眠・易驚・神経症 胸脇苦満・腹部動悸 がっしり体格男性のストレス症状

使い分けの実践ポイント

  • 易怒・興奮・チックが前面 → 抑肝散。認知症BPSDの第一選択
  • イライラと抑うつ・冷えのぼせが混在 → 加味逍遙散。更年期女性の代表方
  • あくびを伴う情緒不安・理由なく涙が出る → 甘麦大棗湯。小児や産後女性
  • がっしり体型・血圧高め・動悸不眠 → 柴胡加竜骨牡蛎湯。働き盛り男性のストレス

なお、抑肝散と加味逍遙散はいずれも柴胡剤・当帰川芎を含む類似処方ですが、「冷えのぼせの自律神経症状の有無」で大きく分かれます。冷えのぼせが強ければ加味逍遙散、純粋に「怒りの抑制困難」「興奮」「チック」が前面なら抑肝散です。

よくある質問(FAQ)

Q1. レビー小体型認知症のBPSDにも抑肝散は使えますか?

はい、むしろレビー小体型認知症は抑肝散の良い適応です。レビー小体型では幻視・妄想・興奮が前面に出る一方、抗精神病薬への過敏性(パーキンソニズム増悪・悪性症候群様反応)があり、リスペリドン・ハロペリドールが使いにくい疾患です。抑肝散はパーキンソニズムを増悪させにくいため、抗精神病薬の代替として優先される選択肢です。Furukawa K, et al. (2017)もレビー小体型認知症での有効性を報告しています。なお、ドネペジルはレビー小体型に保険適応があり、これと抑肝散の併用が標準的アプローチとなっています。

Q2. 子どもに使っても安全ですか?何歳から?

抑肝散はもともと小児疳症の薬として生まれた方剤で、安全性は古くから確認されています。乳幼児から思春期までのチック・夜驚・夜泣き・癇癪・トゥレット症候群に広く使われます。年齢別の目安量は、おおむね3歳未満は成人量の1/3、3〜7歳は1/2、7〜15歳は2/3を目安に小児科医が調整します。母乳栄養児では母親が服用して母乳を介して効果を伝える「母子同服」も伝統的に行われます。なお、長期投与時は小児でも甘草モニタリング(血清K・血圧)の対象となります。エキス顆粒は苦味があるため、ゼリーや少量の蜂蜜(1歳以上)に混ぜる工夫が一般的です。

Q3. 長期服用しても大丈夫ですか?依存性は?

ベンゾジアゼピン系のような身体的依存・耐性形成・離脱症状はありません。認知症BPSDでは数年単位の長期投与例も多くあります。ただし、偽アルドステロン症のリスクは服用期間に比例するため、3〜6ヶ月毎の血清カリウム・血圧・浮腫所見のチェックは継続が必要です。BPSDが安定したら漸減・中止を検討し、再発時に再開する運用も合理的です。心理的に「飲んでいると安心」という側面はありますが、これは依存ではなく治療効果の自覚です。

Q4. 抗精神病薬(リスペリドン・クエチアピン)と一緒に飲んでも問題ないですか?

併用は可能で、抗精神病薬の減量・中止を目指す併用は臨床的に推奨されることが多いです。Mizukami K, et al. (2009)で効果同等が示されており、抗精神病薬の副作用(過鎮静・パーキンソニズム・誤嚥性肺炎・QT延長・転倒)を減らす目的で抑肝散併用+抗精神病薬減量が選ばれます。ただし急性期の重度興奮では抗精神病薬単独が必要なこともあります。SSRIや認知症薬との併用も問題ありません。

Q5. 抑肝散を飲んで車の運転はできますか?

添付文書上は「眠気を催すことがあるので運転には注意」とされています。眠気を訴える方は少数で、ベンゾジアゼピン・抗精神病薬と比べ運転への影響は格段に小さいですが、初回投与・増量時は数日間運転を控えることを推奨します。アルコール併用は避けてください。

処方を検討する方へ

抑肝散は認知症BPSD・小児疳症・成人の神経症状に対する有力な選択肢ですが、「漢方だから安全」という思い込みは禁物です。特に高齢者の長期服用では偽アルドステロン症のモニタリングが治療成績を左右します。

まさぼ内科クリニック(ふじみ野市)では、糖尿病・認知症・代謝疾患を抱える患者さんに漢方を含む統合医療的アプローチを提供しています。受診時は症状の頻度・時間帯・誘因(介護日記)/既存の服薬リスト(特に利尿薬・抗精神病薬・甘草含有漢方)/直近の血液検査データ(K・eGFR・肝機能)/家族・介護者の同席/かかりつけ医からの診療情報提供書のご準備があるとスムーズです。BPSDの背後に身体疾患(脱水・感染・便秘・疼痛)が隠れているケースも多く、漢方処方の前にベースの身体評価が重要です。

まとめ

抑肝散は、16世紀明代の小児科書『保嬰撮要』に始まり、日本で母子同服という独自の運用を発達させ、21世紀に認知症BPSDのエビデンスベース漢方として国際的に再評価された、稀有な歴史を持つ方剤です。7種類の生薬の組み合わせにより、「平肝熄風+疏肝解鬱」の二本柱で「肝の昂ぶり」を多面的に鎮めます

適応は認知症BPSD(易怒・興奮・幻覚・徘徊・夜間せん妄)・小児疳症(夜泣き・チック・夜驚)・成人神経症状(イライラ・歯ぎしり・本態性振戦)と極めて幅広く、抗精神病薬と比較してパーキンソニズム・誤嚥・転倒・過鎮静のリスクが低い「優しい鎮静薬」として位置づけられます。レビー小体型認知症のように抗精神病薬が使いにくい病態でも、第一選択になり得る貴重な処方です。

一方で、甘草による偽アルドステロン症は無視できないリスクであり、血清カリウム・血圧・浮腫の継続的モニタリングを欠かしてはなりません。心不全・低カリウム血症既往例では特に慎重な運用が必要です。

糖尿病・代謝疾患を抱える高齢者のBPSDに対しては、抑肝散は血糖値に直接影響しないため安心して併用でき、GLP-1受容体作動薬の認知機能保護作用と相補的に組み合わせられます。「抑肝=昂ぶった肝を抑える」という処方名が示すように、本方は過剰興奮を鎮め、心身に静けさを取り戻す方剤——同時に、本記事で扱った介護環境の整備・身体的トリガーの除去・基礎疾患の最適化との組み合わせで初めて効果が最大化されます。漢方は単独で奇跡を起こす魔法ではなく、患者・家族・医療チームの協働の中で真価を発揮します。

認知症BPSD・小児疳症・成人の神経症状にお悩みの方は、ぜひ一度、漢方診療経験のある医師にご相談ください。

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監修・執筆体制

本記事は、まさぼ内科クリニック飯田橋院 院長・小林 正敬 医師(医籍登録番号 第486214号)の監修のもと、公開時点で確認可能な学会ガイドラインおよび査読論文に基づいて作成されています。監修医師は 日本糖尿病学会 糖尿病専門医日本内科学会 総合内科専門医日本老年医学会 老年科専門医・指導医 の資格を有し、糖尿病・代謝疾患・老年医学を専門とする臨床医として実務に従事しています。

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信頼性開示の最終確認日:2026-05-14

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監修医師:小林 正敬(こばやし まさたか)
日本糖尿病学会 糖尿病専門医 / 日本内科学会 総合内科専門医 / 日本老年医学会 老年科専門医・指導医
医籍登録番号:第486214号
所属:医療法人社団 まさぼ内科クリニック 代表理事

公開日:2026-05-10
最終更新日:2026-05-10

参考文献

  • 日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』
  • 日本老年医学会『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』
  • 日本東洋医学会『漢方診療ガイドライン2023』
  • 日本糖尿病学会・日本老年医学会『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』
  • 厚生労働省 e-ヘルスネット「認知症」「BPSD」
  • Iwasaki K, et al. “A randomized, observer-blind, controlled trial of the traditional Chinese medicine Yi-Gan San for improvement of behavioral and psychological symptoms and activities of daily living in dementia patients.” J Clin Psychiatry, 2005
  • Mizukami K, et al. “A randomized cross-over study of a traditional Japanese medicine (kampo), yokukansan, in the treatment of the behavioural and psychological symptoms of dementia.” Int J Neuropsychopharmacol, 2009
  • Furukawa K, et al. “Yokukansan therapy for behavioral and psychological symptoms in patients with dementia with Lewy bodies.” Geriatr Gerontol Int, 2017
  • Matsuda Y, et al. “Yokukansan in the treatment of behavioral and psychological symptoms of dementia: an updated meta-analysis of randomized controlled trials.” Cochrane / J Alzheimers Dis, 2013/2019
  • Mizoguchi K, Ikarashi Y. “Multiple psychopharmacological effects of the traditional Japanese kampo medicine yokukansan, and the brain regions it affects.” Front Pharmacol, 2017
  • 保嬰撮要(中国明代小児科書、薛己著、1556年頃)
  • ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)添付文書
  • ツムラ抑肝散加陳皮半夏エキス顆粒(医療用)添付文書
  • 食品安全委員会「グリチルリチンを含む食品の安全性評価」
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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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