第15回|「野菜から食べなさい」は、国の文書から静かに消えた。

アイキャッチ:昼どきの定食屋。隣席の二人が同時にサラダの小鉢へ箸を伸ばすのを眺める筆者

第15回|「野菜から食べなさい」は、国の文書から静かに消えた。

執筆: 小林 正敬(こばやし まさたか) — まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事。糖尿病専門医・総合内科専門医。


通説がひとつ消えるとき、音はしない。国の文書から一行が引かれ、それでも今夜の食卓では、小鉢がまだ先頭に置かれている。

アイキャッチ:昼どきの定食屋。隣席の二人が同時にサラダの小鉢へ箸を伸ばすのを眺める筆者

昼どきの定食屋で、隣の席の二人連れが、示し合わせたように小鉢のサラダから箸をつけていた。誰に教わったのでもないはずだ。「野菜から食べる」は、いつの間にか、この国の食卓の作法になっている。学校給食の食育だより、社食の卓上ポップ、健診のあとの栄養指導、コンビニのサラダの棚、家庭の「まずサラダを食べちゃいなさい」という小言。ベジファーストという横文字の名前をもらい、テレビが特集を組み、居酒屋のお通しにまで「まずはこちらから」の顔をさせて、気がつけば、誰もが一度は通ってきた国民的マナーになっていた。

かく言う僕も、外来で長いこと「まず野菜からにしましょうか」と言ってきた側の人間だ。走って腹を減らして帰った夜、台所でサラダの袋を先に開けるのは、指導する立場の建前というより、もう手の癖に近い。箸の上げ下ろしにまで通説が染みている国は、考えてみればなかなか面白い——と、そのまま給食の三角食べと瓶の牛乳の記憶のほうへ話が流れかけた。箸を置いて、本題に戻る。

その一行が、国の文書から、静かに消えていた。

厚生労働省が5年ごとに改定する「日本人の食事摂取基準」という文書がある。国民の栄養の、いちばん元にある物差しだ。2020年版には、食後血糖の上がり方を抑える工夫として、食べる順番に触れた記載があった。それが、2025年版で消えた。会見はない。速報も流れない。新しい版のページをめくると、前の版にあったはずの一行が、そこにない。それだけである。

それだけのことなのに——いや、それだけのことだからこそ、この静けさには、語る値打ちがあると思っている。

目次

「ベジファーストは意味ないんですか」と、毎週聞かれる

ネットのほうは、静かではなかった。2026年に入ってから、「ベジファーストはもう古い?」「意味ない?」「順番なんて関係ない?」という見出しの記事が、検索結果に行儀よく並ぶようになった。3月には医療情報サイトの病院なびに、糖尿病専門医の井林雄太先生がその名もずばりの解説を書いている。入れ替わりに勢いづいているのが「カーボラスト」——炭水化物を最後に、という言い方で、こちらを新しい正解として推す記事も目に見えて増えた。通説の政権交代である。

診察室にも、この波はきちんと届く。「先生、順番って、意味なかったんですか」。この夏、毎週のように受けた質問だ。スマホで「ベジファースト 効果 ない」と検索した画面を、証拠品のようにこちらへ向けてくれる人もいる。長年、律儀に小鉢から食べてきた人ほど、すこし裏切られたような顔をしている。毎日まじめに宿題を出していたら、ある朝、先生が「あの宿題、成績には入れません」と言い出した——世間の受け止めは、だいたいそういう温度だと思う。

SNSでは「今までのサラダは何だったのか」という嘆きと、「ほら見ろ、健康法なんて全部そんなものだ」という冷笑が、同じ画面の中を仲良く流れていく。どちらの気持ちも、わかる。わかるけれど、どちらも、消えた一行の中身まではたぶん読んでいない。

削除の理由を読むと、「効かない」とはどこにも書いていない

定食のトレー。小鉢と味噌汁が手前、ごはんと主菜が奥。かたわらに無地の白い文書

消えた理由は、割合きちんと解説が出ている。産業保健新聞が削除の背景を整理していて、要点は4つ。①根拠として引かれていた研究が、食べる順番だけでなく、野菜を増やす・よく噛むといった複数の改善を同時にやっていて、順番単独の効果を切り出せない。②研究の多くが2型糖尿病の患者さんを対象にしていて、健診で何も引っかかっていない人に同じ効果があるかは分からない。③「野菜を先に食べるだけで痩せる」という誤解が世間に広がった。④海外の主要なガイドラインに、そもそもこの推奨が載っていない。

読んでのとおり、「効かないことが証明された」とは、どこにも書いていないのだ。書いてあるのは、「国が全国民に向けて推すには、証拠の等級が足りない」という話である。研究というのは条件つきでしか喋らない生き物で、「この条件の、この人たちで、こうだった」までしか言ってくれない。ところが国の文書は、赤ん坊から高齢の方まで全員に宛てた手紙だから、条件つきの知見をそのまま推奨には格上げできない。エビデンスは地図であって、目的地ではない。等高線のまだ粗い場所に、国道は引けない——削除の中身は、それくらいのことだと僕は読んでいる。

要するにあれは、処刑ではなく審査だった。落第したのは「野菜から食べる」という工夫そのものではなく、「野菜から食べさえすれば」という万能の効能書きのほうである。

通説は、こうやって太らされて、痩せさせられる

ここからが、今日いちばん書きたいところだ。

専門家の言葉は、世間に降りていく途中で、必ず削られる。最初に削られるのは条件節だ。「2型糖尿病の患者さんで」「野菜を先に、時間をかけて」「ほかの改善と一緒に」——このあたりの但し書きは、見出しになる時点でもう残っていない。残るのは「野菜から食べると血糖値が上がりにくい」という骨だけで、それが食卓に届く頃には「野菜から食べれば太らない」に化けている。同じ一行の知見でも、訳す人が替わるたびに、まるで違う教えになっていく。

誰かが悪いのではない。見出しは短くなければ読まれないし、マナーは単純でなければ広まらない。伝言ゲームの参加者は全員まじめで、それでも文言のほうが勝手に変わる。通説というのは、広まる過程で必ず一度、実力より太る。そして太った分だけ、あとで痩せさせられる。今回はその痩せさせる工程が、たまたま国の文書の改定で行われた、というだけの話だ。

考えてみれば、僕らはこういう引退興行を、何度も見てきた。練習中に水を飲むな、と言われて校庭を走らされた世代がいて、うさぎ跳びが足腰を鍛えると信じられた時代があって、卵は1日1個まで、という小言が食卓の定番だった頃がある。どれも、あるときから静かに聞かなくなった。葬式の日取りは誰も覚えていないのに、いつの間にか喪が明けている。健康の通説というのは、生まれるときは花火で、退場するときは煙なのだ。ベジファーストの特異なところは、その煙の瞬間に、たまたまSNSという観客席がついていたことくらいだと思う。

だから、厚労省を「手のひら返し」と責めるのは筋が違うし、「もう古い」記事の群れを軽薄と笑うのも違う。片方は言い過ぎた分を静かに引き取り、もう片方はその引き取りを実況している。どちらも、それぞれの持ち場の仕事をしているだけだ。強いて犯人を挙げるなら、言い過ぎさせたのは僕ら全員——手っ取り早い正解を欲しがる、僕らの胃袋のほうである(自分の胃袋を棚に上げて書いています。走って帰った夜の食欲に、条件節を読む力はない)(汗)。

で、食べる順番で血糖値は本当に変わるのか

ここからしばらく医者の話をする。なるべく短くやる。

まず、食べる順番で食後の血糖の動きが変わるという研究自体は、実在する。野菜を先に食べる食べ方で食後血糖の上がりが緩やかになったという臨床研究は、農畜産業振興機構のまとめでも読める。糖尿病の食事療法の現場で、長く積み上げられてきた仕事だ。嘘や捏造が暴かれて記載が消えた、という筋書きではまったくない。

臨床の実感も、これに近い。いまは腕に小さなセンサーを貼って血糖の動きを連続で見られる時代で(CGMという)、同じような献立でも、食べる順番と速さで食後のカーブの形が変わる人は、実際にいる。うどんを一気にすすった昼と、おかずを先にゆっくり食べた昼とでは、波形の立ち上がりが別人のようになる人がいる。食後1〜2時間の血糖値が140mg/dLを超える状態——いわゆる食後高血糖——を気にする文脈なら、順番はいまでも、手持ちの工夫の棚にちゃんと残っている。

身体の側にも、それらしい理屈がある。昼めしをトンカツと決めた瞬間から、身体のほうが先にトンカツ向きに切り替わっていく——あの感じは、気のせいではない。ヒトは食べ物が口に入る前から、見て、決めて、期待した段階で、インスリンの分泌をわずかに始めている。食べる前から、体は次の一皿の準備をしているのだ。だとすれば、入ってくる順番や速度が身体の応答に影響すること自体は、神秘でもオカルトでもない。あなたの体も、昼前の会議のあたりで、もうトンカツ向きになっているかもしれない(笑)。

ただし——ここが等身大の線引きだが——研究の多くは2型糖尿病の患者さんが対象で、野菜のあと10分から15分あけて主食、という日常ではまずやらない食べ方も含まれていた。そして何より、順番は食後の上がり方の話であって、痩せるかどうかは別の競技だ。体重を動かすのはエネルギー収支、身も蓋もなく言えば総量で、順番は総量の上に乗る調整弁にすぎない。ダイエットと糖尿病の食事管理はそもそも競技が別だという話は、この連載の初回に書いた。順番を整えた同じ口で大盛りを平らげれば、当然ながら、収支はびくともしない。

もうひとつ現実的なことを言えば、皿の中身は理屈より先に、財布で動く。この物価で食卓の色がどう変わるかは先月書いたばかりだ。順番の議論ができるのは、皿の上に野菜が乗っている家の話で、順番の前に小鉢そのものが消えかけている食卓も、いまの世の中には確かにある。

カーボラストとは何が新しくて、何が同じなのか

で、入れ替わるように台頭してきたカーボラストだ。中身は難しくない。野菜を主役に立てる代わりに、糖質——ごはん、パン、麺——を食事のいちばん最後に回す、という言い方である。順番という発想そのものは、ベジファーストと同じ木から生えている。

ただ、名前の重心が動いたことには、意味があると思っている。「ベジファースト」は野菜が主語だったから、野菜ジュースを一口流し込んで前菜扱いにする、という形骸化を招いた。「カーボラスト」は糖質が主語だから、話の重心が自然と「糖質をどう扱うか」——結局は量と速度の話——へ戻ってくる。肉や魚や卵から食べ始めてもいい、というのも実際的だ。野菜が高い週の食卓には、ありがたい言い換えでもある。

とはいえ、である。カーボラストという言葉がこの勢いのまま広まれば、数年後には「最後に食べさえすれば大盛りでもいい」という看板を背負わされて、また痩せさせられる日が来るだろう。名前が替わっても、単純化の生理は変わらない。新しい正解に飛びつく前に、前の正解がなぜ格下げされたのかを一度だけ振り返っておくと、次の見出しへの免疫が少しつく。

白衣の側の、短い断り書き

当院は糖尿病の保険診療を土台にしたクリニックで、食べる順番や速さの相談は、特別なメニューではなく、保険の外来の中でごく普通にやっています。体重そのものを大きく動かす必要がある人には、自費のGLP-1という道も一本置いてあるけれど、あれは順番の工夫の延長線ではなく、別の入り口から始める別の相談だ。

──料金の話は、ここで畳む。舌の上の話に戻ろう。今夜の一口目を、何の味で始めるか、という宿題がまだ残っている。

4コマ漫画(縦・上から下へ):①定食屋で「誰に教わったわけでもないのに。」②患者「先生、野菜から食べるのって、意味ないんですか?」③医師「消えたのは、魔法の話のほうです」④家の食卓で小鉢が手前「作法は、等身大のまま残る。」

食卓に残す、地味な5つ

通説がひとつ等身大に戻ったあとの、実際的な置き場所を書いておく。外来で聞かれるたびに答えている中身と同じで、目新しさは何もない。目新しくないことが、この5つの取り柄だと思ってもらえればいい。

  1. 小鉢から食べる習慣は、やめる理由がない。 国の文書から消えたのは推奨であって、禁止が載ったのではない。害はなく、食後の上がり方には働く余地がある。続けたい人は、堂々と続けていい。
  2. ただし「先に野菜」を、大盛りの入場券にしない。 順番は総量の上に乗る調整弁で、その逆ではない。
  3. 10分待たなくていい。 研究のデザインを日常に持ち込む必要はない。同じ皿の中で箸をつける順番を入れ替えるだけで、工夫としては十分成立する。
  4. 野菜がない日は、おかずから。 肉、魚、卵、汁物。カーボラストの実際的なところは、野菜の在庫と関係なく使えるところだ。
  5. 「意味ない」の見出しを見たら、消えたのが効果なのか、盛られた期待なのかを一拍だけ考える。 通説のニュースで壊れているのは、たいてい効果ではなく、効能書きのほうだ。

5つとも、栄養学というより、情報との付き合い方の話に近い。わかっている、を、やっている、に翻訳する。食卓でいちばん難しいのは、結局いつもそこである。

通説の、その後の暮らし

料理という言葉は、字面をよく見ると「理を料る」と書く。鍋や包丁の話である前に、ものの道理をはかる話なのだ。その伝でいけば、食べる順番は、道理のいちばん小さな端っこにある作法ということになる。端っこだから、それだけで全体は動かない。端っこだから、明日の昼からでも動かせる。

通説は死んだのではない。万能の看板を下ろし、効能書きを書き直されて、棚の定位置に戻っただけだ。生き残った通説は、いちばん退屈な話題の顔をして、食卓の隅に静かに座っている。派手に生まれて、地味に定着する。健康の話は、だいたいこの順路をたどる。食後に少し歩くのも、腹八分でやめておくのも、大昔は誰かの新説だったはずで、いまや退屈の殿堂入りを果たして、そのぶん長持ちしている。順番の話も、たぶんあの棚に向かう途中なのだろう。

あの定食屋の二人連れは、国の文書の改定を、おそらく知らない。知らないまま、今日もサラダの小鉢から箸をつけるのだろう。国の一行が消えても、食卓の小鉢は先頭に残った。それを通説のしぶとさと読むか、僕らが見出しほど身軽には変われないだけと読むか、まだ決めかねている。決めかねたまま、9月のまだ夏の顔をした夕方の中を走りに出て、腹を減らして帰ってきて、僕は今夜の一口目のことを考えている。冷蔵庫には、たしかサラダの袋が一つ残っていたはずだ。

夕方の家庭の食卓。母親が子どもへサラダの小鉢をそっと差し出す



この原稿を書いてから最初の外来で、「まず野菜からにしましょうか」という自分の口癖が、言いかけて一瞬つっかえるようになりました。長く使って角の取れた言葉ほど、口が勝手に出してしまう。いまは「野菜からでいいですよ。ただ、それで全部が済むわけではないので」と、一文だけ長く言い直しています。診察が30秒延びました。通説を等身大に戻すというのは、国の文書の仕事である前に、外来のこの30秒の仕事なのだろうと考えています。言い直しのほうの口癖も、いつか角が取れて丸くなるはずなので、その頃にまた、この後記を読み返すことにします。

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この記事を書いた人

まさぼ内科・糖尿病クリニック飯田橋院 代表理事 / 院長。日本糖尿病学会 糖尿病専門医/日本糖尿病協会 糖尿病認定医/日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医/日本内科学会 認定医制度審議会 病歴要約評価委員/日本老年医学会 老年科専門医・指導医/日本抗加齢医学会 抗加齢専門医/日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医/ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター。医籍登録番号 第486214号。国立国際医療研究センター国府台病院で内科研修を始めた後、糖尿病内科の道に進み、現在は最新の薬物療法(GLP-1作動薬・チルゼパチド等)と、栄養・運動・漢方を組み合わせた包括的な糖尿病・代謝診療を実践しています。

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