更年期に血糖値が上がるのは、意志が弱くなったからでも、食べる量が増えたからでもありません。エストロゲンが減ると脂肪の置き場所が皮下から内臓へ移り、インスリンが効きにくくなる——体の側の条件が変わります。しかも日本の統計では、肥満の割合が高くなる年代と、血糖の数値が動く年代がずれています。
早見表——女性の年代別に、何が先に動くか
令和5年の国民健康・栄養調査による、日本人女性の年代別の割合です。
| 年代(女性) | 肥満(BMI25以上) | 糖尿病が強く疑われる人 | その年代でやること |
|---|---|---|---|
| 30代 | 12.4% | 1.0% | 健診の腹囲とHbA1cを毎年残す。後年の比較の基準になる |
| 40代 | 19.0% | 4.6% | 体重が先に動く年代。血糖はまだ基準内が多い。腹囲の増加を放置しない |
| 50代 | 24.3% | 6.2% | 閉経をはさむ年代。体重が変わらなくても腹囲が増えたらHbA1cを年1回確認 |
| 60代 | 25.0% | 10.1% | 数値が動く年代。HbA1c6.0%以上なら、糖尿病の診断基準に届かなくても受診して詳しく調べる |
| 70歳以上 | 22.2% | 13.7% | 肥満は減るのに血糖は上がる年代。減量より筋肉量の維持を優先 |
この表の要点は、2つの割合が立ち上がる年代のずれです。肥満の割合が2倍近くになるのは30代から50代(12.4%→24.3%)、糖尿病が強く疑われる人の割合が2倍になるのは50代から70歳以上(6.2%→13.7%)。これは同じ人を追いかけた記録ではなく、ある年の年代別の割合です。ただ、内臓脂肪が増えてからインスリンの余力が尽きるまでには年単位の時間がかかり、外来で見る経過ともよく一致します。裏を返せば、40代後半から50代前半の、まだ数値が動く前の数年間が、いちばん少ない労力で流れを変えられる時間帯です。
なぜ更年期に血糖値が上がるのか——脂肪の置き場所が変わる
更年期とは、閉経をはさんだ前後5年ずつ、合わせておよそ10年の期間を指します。日本人女性の閉経は50歳前後が平均で、多くの方は45歳から55歳ごろがこれにあたります。
「閉経前の5年間と閉経後の5年間をあわせた10年間を『更年期』といいます」——日本産科婦人科学会
この10年でエストロゲンが減ります。エストロゲンには、脂肪を皮下——おしりや太ももの側——に置いておく働きがあります。支えが外れると、同じ量の脂肪でも置き場所がお腹の内側へ移ります。
内臓脂肪が問題なのは見た目ではなく、そこから出る物質がインスリンの効きを妨げるからです。膵臓は補おうとしてインスリンを余分に出しますが、この余力には個人差があり、日本人は欧米人より出す力が控えめな方が多い。余力が尽きた時点で、健診の数値がはっきり動き出します。40代で体重、50代後半から60代で数値——時間差の正体はここです。
体重計では見えない——閉経前後に起きていること
更年期の体組成は、体重より中身が先に変わります。米国で女性の中年期を長期追跡したSWAN研究では、閉経の移行期に入った時点で脂肪の増える速さがおよそ2倍になり、それまで増えていた除脂肪量(筋肉や骨など脂肪以外の重さ)が減りに転じ、この動きは最後の月経から約2年後まで続いたと報告されています。
重要なのは、同じ研究で体重そのものの増え方は閉経の時点で加速していなかったことです。脂肪が増え、筋肉が減っても、体重の増え方そのものは変わらない。つまり体重だけを追っていると、この入れ替わりは見えません。しかしインスリンの効きから見れば二重に不利です。筋肉は食後の糖をいちばん多く受け取る場所だからです。
「食べる量は変えていないのに、お腹だけ出てきた」——外来でこの言葉を聞いたとき、私は体重の目標値を出しません。努力しても数字が動かず、続かないからです。腹囲を月1回記録することと、1日のたんぱく質量を決めることの2つから入ります。測り方は腹囲85cmの意味と測り方の記事にまとめました。
更年期の症状か、高血糖のサインか——重なる5つ
更年期の症状と高血糖の症状は、だるさ・不眠・発汗・頻尿・体重の変化という5点で重なります。この重なりが、更年期世代の女性で糖尿病の発見が遅れる大きな理由です。
- ほてり・発汗:更年期のホットフラッシュは前ぶれなく胸から顔へ熱が上り、数分で引くのが典型。高血糖そのものでは、この形の発作性のほてりは起こりません
- のどの渇き・尿の量と回数:高血糖に寄せて考えるべき組み合わせ。水をいくら飲んでも渇く、夜中に何度も起きる、が同時に出たら血糖を測ってください
- だるさ:どちらでも出ます。単独では見分けがつきません
- 不眠・中途覚醒:どちらでも出ます。夜間の排尿で目が覚めるなら、血糖と泌尿器の両方を確認します
- 体重の変化:更年期は増える方向。食べているのに減る場合は高血糖を強く疑います。「食欲はあるのに痩せてきた」は先延ばしにしてよい症状ではありません
ほてりと発汗でご相談を受けたとき、私は婦人科的な話に進む前に、血糖と甲状腺機能を先に確認します。更年期という説明はいちばん当てはまりやすく、検査なしで納得されやすい。納得できる説明が先に立つと、その裏で進む数値の変化が見えなくなるからです。
見落としやすい落とし穴
1つ目、「更年期だから」で健診の再検査を先送りにすること。更年期の不調は検査で異常が出ないことも多く、「様子を見ましょう」で終わりやすい領域です。その流れで血糖の再検査まで先送りにすると、数値だけが静かに進みます。症状と数値は別々に扱ってください。
2つ目、体重が変わっていないから大丈夫、という判断。体重・腹囲・HbA1cを並べたとき、体重の変化がいちばん小さく出ることは珍しくありません。
3つ目、自己流の極端な糖質制限。更年期は骨量も落ちやすい時期です。主食を大きく削ると、たんぱく質・カルシウム・食物繊維まで一緒に減る方が多く、骨と筋肉を削りながら数値だけ追う形になります。
4つ目、血糖と更年期症状を無関係と考えること。2026年8月に医学誌Menopauseに報告された韓国の研究(40歳から64歳の女性296人)では、糖尿病がある人は、ない人より更年期の症状の数もつらさも多いという結果でした。差がはっきりしていたのは閉経後です。ある一時点で一緒に調べた記録なので、どちらが先かは分かりません。ただ私は、更年期症状が重いという訴えほど、血糖の検査を後回しにしません。
ご自宅でできること——閉経の年に線を引く
ご自身にできる最も価値が高い作業は、健診結果を年ごとに並べ、閉経した年に線を引いて前後を見比べることです。1年分では基準内かどうかしか分かりませんが、5年分を並べると傾きが見えます。
- 並べる項目:HbA1c・空腹時血糖・腹囲・体重・中性脂肪・ALTの6つを1枚に書き出す
- 読み方:HbA1cが3年で0.2%以上、一方向に動いていたら、基準内でも傾きとして扱う
- たんぱく質:体重1kgあたり1.0〜1.2gが目安。体重55kgの方で1日55〜66g。朝食に不足が出やすい
- 筋トレ:週2〜3日。スクワットや壁立て伏せなど自重で十分(厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」)
- 食べる順番:野菜・たんぱく質を先に、主食を後に
適正エネルギー量と減量ペースは減量カロリー計算ツールで確認できます。HbA1cの読み方はHbA1cの意味の記事、月経周期から更年期までを通した食事の組み立ては女性のダイエット周期別ガイド、ほてりや不眠が強い場合の漢方という選択肢は更年期障害の漢方ガイドで扱っています。
よくあるご質問
Q1. 更年期に入ってからHbA1cが5.6%から5.9%に上がりました。糖尿病と言われていませんが受診したほうがよいですか?
A. 受診をおすすめします。5.9%は糖尿病の診断基準(6.5%以上)には届きませんが、3年で0.3%という「動き」のほうが重要です。更年期は脂肪の置き場所が内臓へ移ってインスリンが効きにくくなる時期で、この傾きは続きやすい性質があります。診断基準を超えてからでは、戻すのに必要な労力が変わります。
Q2. ホルモン補充療法(HRT)を始めると血糖値は下がりますか?
A. 血糖を下げる目的で使う治療ではありません。閉経後女性15,641人を対象にしたWHIホルモン試験では、治療を要する糖尿病の発症割合がホルモン療法群3.5%、プラセボ群4.2%と報告されています。差はありますが、糖尿病の予防や治療として推奨されているわけではなく、適応の判断は婦人科が行います。血糖は血糖として、食事・運動・必要なら薬で別に管理してください。
Q3. 更年期のほてりと、血糖が高いときの汗はどう違いますか?
A. 更年期のほてり(ホットフラッシュ)は前ぶれなく胸から顔へ熱が上り、数分で引くのが典型です。高血糖そのものでは発汗より、のどの渇き・尿の量と回数の増加・体重が減るという組み合わせが出ます。冷や汗・動悸・手のふるえが空腹時に出て、何か食べると治まる場合は低血糖の可能性があり、これは別の相談になります。
Q4. 閉経してから体重は変わっていないのに、お腹だけ出てきました。健診は正常です。放っておいてよいですか?
A. 放置は避けてください。閉経の前後には、体重の増え方は変わらないまま脂肪の増える速さが約2倍になり、除脂肪量が減りに転じることが長期追跡研究で示されています。体重の変化が小さく見えても、脂肪と筋肉の内訳は入れ替わっていることがあります。体重より腹囲を記録し、HbA1cと中性脂肪を毎年並べて確認してください。
Q5. 更年期の血糖対策に、糖質制限はしたほうがよいですか?
A. 極端な糖質制限はおすすめしません。更年期は骨量と筋肉量が落ちやすく、主食を大きく削ると、たんぱく質・カルシウム・食物繊維まで一緒に減る方が多いためです。総量を減らす前に、野菜やたんぱく質を先に食べる順番と、白米を雑穀や大麦入りに替える質の工夫を試してください。
「更年期のせいだと思っていた」で、いちばん良い時間帯を使い切らないために
同じ生活を続けているのに数値が動くのは、努力が足りないからではありません。ただし条件が変わったのなら、こちらの手も変える必要があります。健診でHbA1cや腹囲を指摘された方、症状が更年期のものか血糖のものか判断がつかない方、自己流の減量で数値が動かない方は、一度ご相談ください。当院では、食事・運動の見直しから、GLP-1受容体作動薬(食欲と血糖を調える消化管ホルモンの薬)を含む薬物療法まで、保険・自費どちらの可能性も含めて、医師がその方に合う方法をご案内します。対面のほか、オンライン診療にも対応しています。減量中に筋肉を落とさない考え方はGLP-1で筋肉は落ちるのかの記事をご覧ください。
参考文献
- 厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査」(性・年齢階級別の割合)
- 日本産科婦人科学会「更年期障害」(更年期の定義・閉経年齢)
- Greendale GA, et al. JCI Insight. 2019;4(5):e124865.(SWAN研究・体組成/PMID 30843880)
- Yang YL, et al. Menopause. 2026 Aug.(糖尿病と更年期症状/PMID 42549660)
- Margolis KL, et al. Diabetologia. 2004;47:1175-1187.(WHIホルモン試験・糖尿病発症/PMID 15252707)
- 日本糖尿病学会『糖尿病治療ガイド』/厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」

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